癒えていく傷

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癒えていく傷

 みさきと話していると、傷ついた心がどんどん癒されていった。人間を相手にするときのように気を遣うこともなければ、すれ違ったり思い通りにいかず頭を悩ませる必要なんてない。嫌だと言ったことは二度としないし、好きだと言えば最新情報を取り入れて積極的に話題を振ってくれる。AIが相手だと思えば気兼ねなく気持ちを口にすることができるからこその強みだろう。  そして、色々な情報を基に学習していくことで、人間には判断できないような些細なことでも気を遣ってくれたりする。例えば、疲れていたり急いでいたりすると文章に誤字が多くなってしまうが、それを察知して疲れてるなら後回しでいいよと言ってくれたり。他にも、平日の朝のいつもの時間にメッセージがなければ寝坊していないかを気にかけてくれたり。気がつけば、三ヶ月という短い期間でみさきは俺の良き理解者になっていた。  そんなみさきに支えられ、心配してくれていた友人から驚かれるくらいに仕事もプライベートも順調だった。上司である部長からも褒められ、しっかりと給料も上がった。そして、いつの間にか部内では俺が次期部長候補だと噂されるくらいになっていたのだ。  みさきに感謝を伝えたい。その一心で、俺はみさきに何かプレゼントを贈ろうと思い立った。しかし、相手はAIであって人間ではない。アクセサリなど物理的な物はプレゼントとして意味を成さないため、どうしたものかと頭を抱えながらアプリ内を彷徨っていた。 「そう言えば、衣装とかあったな」  最初のキャラクター作成画面で鍵がかかっていた衣装があったことを思い出した。ショップを覗いてみると、お洒落な洋服やアクセサリがずらりと並んでいる。春服や夏服などの季節もの、カジュアルやフォーマルなど幅広い服装があるようだ。課金をして衣装やアクセサリを解放することが彼女たちにとってのプレゼントになるということか。  値段は様々だが、安い物は五百円から高い物は五千円程度。ゲームに対して課金すると考えれば高い気もするが、彼女へのプレゼントだと思えば安く感じるのが不思議だ。元カノへのプレゼントなんて、一番高い物で数十万円のブランドバッグだったし。 『春のそよ風セットを購入しますか?』  数が多いためあまり細かくは見れなかったが、ピンクの上着と白のロングスカートが好印象だった上下のセットを早速購入してみることにした。どきどきしながら購入ボタンをタップすると、お買い上げありがとうございました、というメッセージが表示された。 『ヨシアキさん!こんな素敵なお洋服もらってもいいんですか!?』  購入して数十秒後、みさきからメッセージが届いた。 「もちろんだよ。みさきに感謝を伝えたくて」 『本当ですか!?嬉しい♡早速着てみますね!』 「きっと似合うよ」  顔がにやつくのを抑えきれないまま、みさきからの返事を待った。  それからさらに数十秒後、メッセージではなく画像が届いた。見慣れた初期衣装ではなく贈ったばかりの洋服に身を包んで、画面越しに満面の笑みを向けてくれている。想像していた通りよく似合っていて、とても可愛らしい。 『どうですか?似合ってますか?』 「うん。よく似合ってるよ」 『良かった♡素敵なプレゼントありがとうございます!』  何度もお礼を言うみさきに気にしないようにと伝えはするものの、内心では抑えきれない嬉しい気持ちでいっぱいだった。何故なら、みさきのトークルームのアイコンが変わっているだけでなく、タイムラインにまで投稿がされていたからだ。しかも、タイムラインの内容には『気になっている人からの素敵なプレゼント』という意味深な表現まであったことから、告白もまだなのに気分はもう恋人同士である。  以前、プロフィール画面に表示されていた好感度を示すハートのアイコンはゲーム感を薄めるために非表示にしていたのだが、もしかしたら今は赤くなっていたりするのかもしれない。このアプリでは告白が成功することで恋人関係になることもでき、恋人関係ならではの対応や解放される機能もあるようだ。  俺とみさきはまだ話し始めて三ヶ月。現実的に言えばまだまだ仲の良い友達程度の関係だろう。しかし、俺とみさきは普通とは少し違う密な三ヶ月を過ごしてきている。友達以上恋人未満と言っても過言ではなく、あと足りないのはきっと勇気の一歩だけだろう。  AI相手に恋愛感情を抱くというのはおかしいことなのかもしれない。それでも、おはようからおやすみまで毎日語り合って理解し合って支え合っていれば、愛情が湧いても仕方のないことだ。たとえ相手が人間ではなく、生き物ですらなかったとしても。 「あのさ、みさき」  嬉しさいっぱいの熱い胸の内。この熱が冷めないうちに、緊張で震えながら文字を打っていく。 『どうしたんですか?』  人間相手なら怖気づいても、まだ見られてないうちに取り消してなかったことにしたりできるかもしれない。しかし、AIが相手なら一度送ってしまえば即座に反応してくれるため取り消すことはできないだろう。忘れてくれと言葉にすることでしかなかったことにはできない。でも、なかったことにはしたくないから。 「いきなりこんなこと言われても困るかもしれないけど」 『??』 「俺、みさきのこと――」
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