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「儀式を許可したのは、私が死んだ後にお前を守れるものがお前自身しかなくなるからだ。それを忘れるなよ」 翌朝。朝食を食べる古河のとなりで、叶が釘を刺すように言った。 「……わかってる。そのつもりだよ。あの闇討ちのようなものから自衛するためさ」 「この青年をは決めたのか?」 「なかなか筋がいいし、今や儀式に恐れも感じていない。従順で素直だ。儀式が終わってからもそばに置いてもいいと思っている」 「は?」 「……さあ」 「ふん、まあいい。それより食事をきちんと食べなさい。ジャンキーのごとき生気のなさだ」 「父さんこそ食事はめちゃくちゃじゃないか」 「私は食べている」 今朝は大豆を焼き菓子にしたバーを食べていた。古河には味噌汁とご飯と煮物を出したが、この親子は古河が申し訳なく思うほど食事をとらないし、それゆえの団欒というものもなかった。 「……藤見さんとはいい顔をしなかったのに、古河くんには好意的なんだな。儀式の手伝いだけでなく、宿泊まで許可して。おまけに毎度食事を支度してやってる」 「藤見殿の愛に足りないものは盲目さだ。お前が添い遂げる男は、自分の母よりもお前を優先して生きられる者にするべきだ」 「会ったこともないくせに。だが盲目じゃないからこそ僕は彼を恋人に選んだ」 「愛は神への信仰と同じだ。民にはいいか悪いかの判断など許されていない。愛するもののやることなすこと全てが是なのだ」 そう言うと、「もう1本食べよう」と大豆バーのチョコレート味の袋を開けた。 「さすがインチキ牧師の言うことは、僕のような信仰心ゼロの人間にも耳馴染みがいい。神はカルト宗教の教祖と言ってるようなものだ。実にわかりやすい」 「違うのか?」 「さあな。聖書を理解したことがない」 「私もだ。……おっと、悠長にしていたらもう時間だ。それじゃあ、行ってくる」 「愛してるよ」 「私もさ」 叶はいつものように朝の祈りの会へ向かい、瑠架はまだ頭の中から藤見が消え去らないことを少しだけ悔やんだ。 叶は瑠架がマザーの力を使用することを懸念している。封印から解かれたマザーの念はどれほどのものか定かではないが、叶やあの金髪男に御しきれるものではないと思われた。 すなわち彼にとってマザーの力を使うことはという意識なのだろう。かつては人間に恐れられ忌避される存在であったというのに、力を失ったせいか今やすっかり人間寄りの精神に染まっている。きっとこの地で死に絶えるつもりでいるのだろう。 マザーにとっての理想郷が欲しいとは思っていない。ただ自分自身の安寧がほしいだけだ。悪人は悪人の人生を生き、善人は善人として生きればいい。そこに自分の秤など介入させる必要はない。ただ自身の安寧が脅かされることがあるのなら、それを守る力は必要だ。 神を信じる人間がマザーを拒絶し、悪魔の配下に置くことで魔女という不名誉な架空の存在が生み出された。復活を遂げるには魔術が必要となり、それには生きた肉体を差し出さなければならない。悪魔に許しを得なければならないからだ。 理想郷はどうでもいい。人の上に立とうとも思わない。だがこの地への復活は果たさなくてはならない。愚かな人間は富を巡って争いを起こし、悪魔にいいように翻弄されている。堕落している。己の利だけに執着している。殺生しすぎている。増えすぎている。地球を破滅へと導いている。食い止められるのはマザーだけだ。 「……あれ、お父さんは?」 「もう教会へ行った」 「いつの間に?……そうか」 親子の会話は、たとえ目の前でなされたとしても古河の耳には入らない。彼の意識から自分たちの存在をシャットアウトするからだ。 「ご飯のおかわりは?味噌汁もまだある」 「あ…じゃあ、どっちももらおうかな」 「君のためだけに作ってるんだから、たくさん食べてくれ」 「ありがとう」 古河は照れ笑いを浮かべつつ、自分のためにおかわりをよそう瑠架の後ろ姿に見惚れかけた。作ったのは彼の父だが、彼らは本当に何と良い親子なのだろう。自分たち父子とは、親子ということ以外では全く異なる関係性だ。彼らは言い合いこそ多いが、何だかんだと仲の良さが伺えて、微笑ましい父子であった。 鍋の中に入った豆腐とネギの味噌汁には、瑠架が指先から搾り取った血液が混ぜられている。彼を取り込む前に、自分も彼の中に取り込まれなければならない。これはふたりが結ばれるための準備だ。 こないだの日曜昼にはラズベリーと木苺のパウンドケーキを作ってやったが、トオルには普通のものを渡し、古河にはやはり血液の入ったものを食わせた。 自分への信望が増したのは日々このように密やかな魔術を仕込んでいるせいである。 藤見には決して手作りのものを食べさせることがなかった。だが彼には効力が無さそうにも思えた。そういうところがやはり好きだと思った。
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