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「よおジミー。……お前自殺でもしたのか?」
「してたら今ここにいないだろ」
「今夜にもここで首を吊る顔をしてるぜ」
「しないよそんなこと。……あのさあ、君って今までどれくらいの恋愛経験を経てきたんだい?」
「はあ?」
「モテるだろ君。何でこんなとこで働いてんのかわからないくらいイケメンじゃないか」
「なんだよ急に。好きな女……じゃねえ、男でも出来たか?」
鬼城はモール内で買った石窯風ピザを食べていたが、藤見は勝手にその一切れを口にして、「美味い」と言った。ついでに鬼城が手にしていたコーラもスッと取り上げ、ズルズルと飲んだ。
「……それやるよ。おっさんの後に飲みたくねえ」
「ありがとう」
「目が死んでるぞ。なんかあったんか?」
「僕の付き合ってた子知ってるだろ?知ってるっていうか、まあ、存在は知ってるだろ」
「あ?ああ……まあ、チラッと見ただけな」
「はあ〜……」
「おい何だよ、おっさんのため息はやめろ」
「れ……連絡を……」
「連絡?したのか?」
「しようとしたんだけど」
「キモ」
「やっぱキモい?」
「ジミーだとキモいと感じるな」
「そうだよな……向こうもそう思ってるんだろう。だから……ブロックされてて……」
「それで?……そんなことでそんなショゲてるのか?」
「俺にはそんなことじゃないんだよぉ」
「未練たらしいなてめーは。もう終わったんだから諦めろ」
「君はすんなり諦められるのか?」
「俺は別れた奴と連絡しようと思ったことがねえ。わざわざブロックもしねえけど」
「君は常に新しい人がいそうだもんな」
「んなわけねーだろ。けど俺はもう終わったら終わりなんだよ」
「俺もそのつもりだったけど、もー全然無理。ヨユーで無理だった」
「情けねえなあ。向こうはどうせもう新しい男と楽しくやってるって。お前のことなんか1ミリたりとも覚えちゃいねえよ。それどころか黒歴史だ」
「くっ……否定できない……」
「ああ否定なんかさせるかよ。忘れろ。連絡すんな。女だったら警察に駆け込まれてるぜ」
「はあーーー………」
「だからため息やめろよ。……ピザ全部やるよ」
瑠架の連絡先はメッセージアプリのアカウントのみだ。SNSもやっていないようだったし、普通の電話番号は互いに知らなかった。だからタップひとつで簡単に連絡を断ち切れるほど頼りない繋がりであった。
家の場所は知っているが、押しかけることはさすがに躊躇われた。街のはずれにある教会だが、神は誰しにも扉を開いていても、牧師の息子に捨てられた男など門前払いであろう。だいたいそれこそ通報されかねないし、悪魔のようだという恐ろしげな父親にタコ殴りにされてもおかしくない。
だが藤見には恋しさゆえの会いたいという気持ちだけでなく、"会わなければならない"という焦燥に似た胸騒ぎのようなものがあった。
というのも、寝不足の中で連日いやな夢を見るのだ。短い睡眠の中に現れる、生臭く赤黒い液体にまみれた瑠架。だがそれが瑠架なのかはわからない。顔は確かに彼だが、髪は赤毛で肌は病人のように白く、黒いローブのようなものに身を包んでいる。まるであの映画で見た、黒魔術を行う魔女そのものの姿であった。
何か巨大な自然災害が起きたのかあたりは瓦礫だらけで、ところどころで激しい火災が起き炎が渦巻いている。空は夕焼けよりも紅く染まり、はるか頭上には鳥ではないが翼を持つ黒い生き物が飛び交っていた。何より気持ち悪いのが、自分の足元から一帯に人間の臓物や生首が散らばっており、心臓のようなものだけが束ねられて、落下により地面に突き刺さった十字架に吊るされていることだ。
瑠架は崩れた教会の屋根に腰掛け、首からは銀色の手鏡を下げている。そしてなぜか自分はその鏡を地獄の出入り口だと認識しているのだ。今すぐ粉々に割って捨てろと必死に叫んでいるが、彼にはこちらの声が届かないらしい。それどころか走っても走っても、すぐそこに座っている瑠架まで辿り着けない。
夢なのに炎の熱を肌で感じ、このままでは自分も瑠架も焼き尽くされてしまう……という絶望に苛まれたところで、いつも目を覚ますのだ。まさしく悪夢であろう。失恋のショックや日々の不規則な生活によるストレスの影響なのだと思うが、ともかくこの夢が日毎に鮮明になっていくせいで、早く瑠架に会わなくてはならない気にさせられるのだ。
(悪魔は夢に入り込んでくるとどこかで見たことがある)
オカルトなど信じないが、こうも連日となるとさすがに参ってしまい今やすっかり疑心暗鬼になっている。悪魔は本当は存在するのではないだろうか、と。外国の祓魔というのはほとんどの原因が精神病であるらしい。だが「ほとんど」というからには、ほんの少しくらいは本物だという事例が存在するのだろうか?現代社会においても本物の悪魔に取り憑かれるような事例があるのだとしたら、自分が毎晩見る夢の原因は医者よりも聖職者に聞くべきものなのだろうか。
しかし自分が悪魔に取り憑かれているわけではない。悪魔のようなものを毎晩夢の中で見てうなされているだけだ。
藤見は思った。それならば堂々と最寄りの教会に駆け込み、しかるべき者に相談するべきだ。自宅からもっとも近いのは如月家の教会であり、そこにいる牧師から助言を受けるべきであろう。あまり教会のことについて尋ねなかったことが悔やまれた。しきたりや作法や、そもそもどのように訪れていいのかもわからない。
瑠架は「日曜は礼拝があるし、平日なら午前中は父さんもずっと教会にいる」と言っていた。この夜勤明けに駆け込めば彼に会えるずだ。息子のストーカーではないということさえ理解してもらえれば、きっと話くらいは聞いてくれるだろう。
朝までに気が変わらないでほしいが、その晩の勤務はいつもよりずっと長く感じられた。何度も「やっぱりやめよう」と思い、「いや、絶対に行かなきゃダメだ」と思い直すのを繰り返した。
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