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「……あ」
日曜。公園で偶然鉢合わせたトオルとノアは、ほぼ同時に声を上げ、同時に会釈を交わした。ノアがコンビニに来なくなってから1週間以上経過した頃だった。石野が望んだ偶然を自分が奪ってしまったらしい。
「こ、これから出勤ですか?」
「もう出勤してます。今は休憩中なんですよ。えっと……ああ、僕森田っていいます」
「森田さん、知ってます……いやあの、名札で」
「よく覚えてますね」
「(いかん、気持ち悪いことを言ってしまった)ああ……はは、何となく。……あの、僕は小春です」
「コハルさん?」
「ちなみに苗字です」
「へえ、素敵な苗字ですね」
「そうですか?いつも下の名前だと思われるんですよ」
「そうでしょうね。……小春さんはこの辺の方なんですか?」
「はい。ここから10分くらいのマンションに。……森田さんはいつもここで休憩するんですか?」
「そうなんですよ。この時期は寒いけど、バックルームじゃ狭くて」
「いいですね。……僕も時々このブランコでぼーっとするんです。仕事帰りとか、夜中にフラッと来たりとか」
「小春さんって社会人なんですね。大学生くらいかと思ってました」
「社会人なんて立派なものでは……まあ、しがない自営業です」
「そうなんですか?若いのに社長さんなんだ、すごいや」
「いえまったく。個人事業主に毛の生えたようなものです」
「どんなお仕事なんですか?」
「わかりやすく言えばリサイクル業ですね。遺品整理とか、回収作業ついでに売れそうなものの買い取りとか。たまにオークションに参加したりもします。父がやってた仕事を引き継いだんです」
「へえ、すごいですね」
「なかなか大変ですよ。もうすっかり老舗ですけど、いつまで出来るのやら……。人手不足なので取ってくる仕事も減ってますし」
「人手不足なんですか?バイトの募集かければすぐに集まりそうですけどね。面白そうだし」
「面白そうかな?……よければ森田さんも掛け持ちでどうです?」
「僕?いやあ……できるかなあ」
「ちょっとした力仕事と、簡単な接客ができれば。あと運転ができれば尚いいです」
「へえ……まあ、ちょっとだけ話は聞いてみようかな」
2人はその場で連絡先を交換し、トオルは次の休みにさっそくノアの店舗兼事務所を訪れてみた。引っ越し屋のように忙しいイメージを持っていたが、ラフな格好のアルバイトたちがのんびりと品物整理などの手伝いをし、依頼があれば社用トラックで各々客先へと向かうシステムであった。あまり力仕事が向いていないと言っていたノアは、事務所奥の部屋で電話受付や事務作業などをしているそうだ。
仕事は常にあるが来れる時に来てくれればいいと言われ、おまけに時給はコンビニよりも50円高い。それも深夜の時給よりもだ。そろそろまた就活をしなければ、と考えてはいたが、非正規ながらもこの仕事は今よりずっと自由で楽しそうに思えた。
斯してトオルは早くも翌日から【オフィスはこぶね】の店舗にて手伝いをすることになり、しばらくはダブルワークで収入を得ることとなった。当初は「こはるや道具店」という社名だったそうだが、父から譲り受ける際に、父がこの名にしたそうだ。
トオルは(日曜は教会で、平日は方舟の仕事か……)と、そのときは変な偶然もあるものだと思うだけであった。
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