1 くちづけは罪の味 ③

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 彼女が言っているのは集団見合いの後から幸紘が言葉を濁して出かける件だ。幸紘は出会いフェスの結果がどうなったのか、相変わらず家族には一切明らかにしていなかった。その間に狒々へ襲われた女性は候補から外れ、何人かの見合い相手はその時の縁で別の男性と結婚した。想定していた七人とは縁付かなかったとは家族全員がわかっていたが、その割には幸紘は休日にこざっぱりとした外出着で神職の仕事の合間を縫って出て行く。実は良い出会いがあったのではないか、家族の誰もがその中身を知りたがった。だが、普段から恋愛ネタはもちろん、日常の会話すらも満足にしてこなかった関係上、尋ねることができなかったのだ。 「デート?」  神様が首を傾げる。神様の知らないところで彼との外出を自分の中ではそう位置づけていた気まずさに、幸紘はベッドの上に置いていた鞄から煙草を漁って、火を点けないまま一本を口に銜えて視線を避けた。 「ちょっと聞いてよ神様。お兄ちゃんがさ、ここ最近出かけんのにオシャレしてたわけ」 「ああ、そうだな」  神様が幸紘を見る。デートに着ていくならこれという雑誌の特集を二人で眺めながらコーディネートした。それを思い出して、幸紘は尻のあたりがむずむずした。 「まあ、集団見合いでうまくいくとは思ってなかったし、案の定見合い予定してた相手とは全滅したわけだけどさ、その後からそんな風にオシャレして出て行くから、家族としては集団見合いをきっかけにして別のいい人ができたんじゃないか、とか思うわけじゃない? その上夕飯まで食べてくるとか、もうそんな間柄になれるような人が? とかさ。でもほら、お兄ちゃんじゃない? 振られたりとかしたらデリケートな問題だしさ、家族としてはすごく気にしてたわけなのよ。だからお兄ちゃんが言ってくるまで黙っとこうって、言ってたの」 「なにそれ。俺はバッドエンド前提なの?」 「お兄ちゃんをそのまま受け入れてくれる人なんて、そうそう居るわけ無いんだから。どんなに外見繕ってもコミュ障のメッキが剥がれて愛想尽かされるに決まってるしね。それがなに? ホントは神様と買い物に行ってただけって」 「勝手に解釈してるのはそっちで俺は具体的に何にも言ってねえだろ」 「デートって言った! っていうかあたし聞いたよね? デート? って」 「デートだったよ! 相手が神様なだけで」 「友達と買い物行くのをデートって言わない」 「お前、綾ちゃんと遊びに行くときデートっていうじゃん」 「それは冗談だもん」 「じゃあ俺も冗談だったの」 「わかりにくいわぁ!」 「うっせえな!」  幸紘は銜えた煙草を手にして吠える。神様は二人の丁々発止のやりとりをニヤニヤしてみていた。 「いいもん。お母さんに全部バラしてやる!」  加奈子が立ち上がる。 「そんなことしたら、狒々にお前を引き渡すからな」  幸紘もデスクチェアから立ち上がる。 「やめてやれよ。あいつせっかくこの山で一生懸命やってるんだから。かわいそうすぎるだろ、狒々が」  神様も二人の間に立つ。 「神様も酷! 被害に遭ったのあたしだったんだからね」 「お前は何にも被害に遭ってねえだろ。むしろボコられたのあいつじゃん」 「ひっどーい。そんなこと言うなら神様のこともお父さんにバラすからね」 「それしたら……」  神様は加奈子の前で、幸紘の首に腕をかけて、ぐいっと頭を胸の中へ巻き込んだ。幸紘はバランスを崩して豊かな胸筋へ顔を埋める。胸元から漂う特有の水花の香りに幸紘は甘ったるい目眩を感じた。 「……お前のオニイチャンを、俺は神嫁ぎで浚って逃げるからな」 「な!」  加奈子と幸紘が声を揃えて絶句する。急激に幸紘の顔が熱くなった。丁度神様の胸に顔を押しつけられているので二人ともに見られていないのが幸いだった。 「あれは別に女じゃなきゃ駄目って話でも無いんだぜ。本当に山津神が浚う分にはな。世間的には白羽の矢の犯人はまだ捕まってない。そしてこの家にも矢は刺さってた。他の矢は狒々がもたらしたものだと俺たちは知ってるが、ここの矢が誰にもたらされたものかは俺たちの誰も検証していない。だったら狒々事件の関係者以外の『何者』かによって同時期に打ち込まれたものかもしれないし、その結果この家の『誰』かが消えてもおかしくは無い」  神様は挑戦的な瞳をすうっと細めて加奈子を見る。半分は嘘だと幸紘にはすぐにわかった。山津神が本当に浚うなら新月の夜は狙うとしても、白羽の矢なんて儀式めいたことはしない。加奈子が神嫁ぎの儀式の詳細を知らないから神様は脅しているのだ。
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