3 こどもとかみさま ④

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3 こどもとかみさま ④

 木々の隙間から降り注ぐ黄金色の光の中で秋風が旋毛を巻く。  落ちた木の葉が境内の中心でくるくると舞い踊る。それを社務所の宮司室から眺めて、幸紘はよっこらと立ち上がる。  この季節はこれにかかりっきりになるな、と幸紘は社務所の道具入れから箒を手にする。今の季節は朝からずっと、だいたい一時間に一回は外に出ることになる。風に揺られると上空の樹木の枝が枯れた葉を次々に落としていくからだ。平日、それも月曜日というと参拝者がそう多いわけでもないので、他にすることもないのだが、今日はこれで七回目だった。  幸紘は枯れ葉を集めては市指定のゴミ袋の中へ入れた。昔は境内でたき火をして始末していたそうだが、昨今はゴミの処理が厳密になっている。それに防火上の理由からも年末年始のたき火以外は境内での焚き上げは許されていなかった。  このゴミも含め、台所にまとめられた生活ゴミも何曜日に何のゴミをどこに出すのか幸紘は知らない。光子は週に三日ほどこちらに来てはそのあたりのことをやっているようなので、また聞いておかなくてはならなかった。ゴミだけではない。廊下や各部屋、トイレや風呂の掃除も、洗濯と物干しも、洗剤や調味料類の補充なども、自宅にあって意識したことのない事を全て自分で対処していかなくてはならない。  幸紘自身はこれまで自分は家族に頼らず生きてきたつもりだった。だが細々としたことはやはり家族の誰か、主に光子が担っていたことを実感する。全て一人でとなると割と生きるというのは煩雑な事が多いのだと気づかされた。  ざかざかと落ち葉を集めていると、いつの間にか例の子供が足下で座り込んでいた。服装は昨日と少々違うが、ほぼ色合いも素材も同じような黒のズボンと白っぽいトレーナー姿だ。大きくて形が整った紅葉を一枚つまんで、にこーと幸紘に笑いかける。可愛いが、嫌な予感しかしなかった。  案の定、子供は山盛りに集めた木の葉の上にダイブした。 「ですよね……」  幸紘は一心不乱に落ち葉のベッドで暴れまくる子供を見下ろし、気だるげに前髪をかき上げる。せっかく集めた落ち葉は粉々に砕け、飛び散らかっていった。  本日起き抜けの風景はこの子供の顔面ドアップから始まった。  縁側の吐き出し雨戸はどうやら彼が少しだけ開けたらしく、うっすらとした朝日の青白い光が屋内へ差し込んでいた。社務所の玄関は鍵が閉まっていたし、白草履は昨日脱いで並べたまま使われた形跡もない。布団から出ると寒くて身震いした。  幸紘は昨晩の日河比売との遭遇を思い出して、あれは夢だったのだ、と理解する。夢だと片付けるには現実感が強すぎるが、一方で現実だというならあの後どうやって再び幸紘はこの部屋に戻ったのか、覚えていなかった。  山津大神。  日河比売から投げられたその名を思い出す。現実なら大問題なのだが、夢だ。それは幸紘がそうあって欲しいと常々無意識下で願っていたことが出てきたに違いなかった。  ただ一つ、獣が呟いた言葉だけは、夢だとしてもいつまでも幸紘の中に残っていた、  嗚呼、ワガツマよ……と。  加奈子に聞いたらツマとは現在では夫の配偶者を意味するが、古語としては男女問わず配偶者ないし恋人を指すという。 「俺の……番? まさか」  ふうっとため息をついて幸紘は散らかった落ち葉をかき集める。その姿に声がかかった。 「お兄ちゃん」  随神門からの黄色い午後の光を背にして加奈子が立っていた。
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