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子供ががばっと落ち葉から起き上がる。彼はたたた、っと本堂の方へ逃げていった。
「あら、逃げられちゃった」
加奈子の視線が子供の背を追う。幸紘も子供の背を見送った。
「前来たときも逃げられたのよね」
「日が暮れたらまた帰ってくるよ。なに?」
「なに? じゃないわ」
加奈子はポケットからスマートフォンを取り出す。青い画面には写真や緑の吹き出しがずらずら羅列されていたが、どの吹き出しにも既読の印はなかった。
「あたしのことブロックしてるでしょ?」
「いまさら?」
「写真送ったのに」
幸紘は加奈子のスマートフォンを手にして画面を見る。土曜日に宝山学園の女子学生が撮ったと思われる写真があった。畑中が手前にいて、写真の中央奥手に頬杖をついている幸紘が映っている。
「畑中君が映ってる」
「え? これ畑中? こんなんだっけ?」
「知ってるの?」
「おんなじクラス、だったはず。でもあんまり目立つタイプじゃないから、印象無くって。それよりもこの写真、今日学校で見せられてさ」
「なんて?」
「お兄ちゃんを紹介してって。厄除大祭の時から割とお兄ちゃんのことが謎の人って話題になってたのは知ってたけど、この写真であたしの身内だって周りに知れてさ」
「無理」
「知ってる。お兄ちゃん、お母さんに独身貫いて神職やるって言ったんでしょ?」
「跡取りはお前に任せた。柳川家の実家は太い。二人でも三人でも四人でも五人でも、好きなだけちちくりあって産んでくれ」
「下品!」
「なにが? 言っとくけど、俺はお前と違って清い体だからな」
「あたしだってまだ処女よ。っていうか、その年で童貞に胸張らないでくんない? むしろ世間一般では年齢=彼女いない歴なんてコミュ障の証明でしか無いと思うんだけど」
「うっせぇ。ところでこの写真」
幸紘はスマートフォンを加奈子に返すときに写真を軽く指さす。
「あとでこれ、もう一回送って。ブロック解除しとくし」
「絶対よ」
「鬼メッセしてくんなよ。それしてくるから俺はブロックしてんだからな。お勤め中はスマホ見られないんだし」
「わかった」
「わかったら落ち葉拾いを手伝え」
「なんで? 意味わかんない」
「いいから手伝え。お前だって神職の娘だろうが。家業の一環だと思って手伝え」
幸紘はゴミ袋を加奈子に押しつけて、かき集めた落ち葉を入れる。その間にも秋風が樹木を揺らしては、色づいた葉っぱをさらさらと落としていく。加奈子は渋い顔で幸紘に尋ねた。
「きり無くない?」
「それでもやるのが神職のお仕事なの。来年の夏はちょっと刈り込んだ方が良いかもな。親父に提案するわ。お祖母ちゃんのこと、聞いた?」
「聞いた。お母さんがお見舞いに行ったら、大丈夫だから幸紘のところへ行ってやれって、早々に追い返されたって。お兄ちゃん、生活力が無いから」
「わかってんなあ。今朝もゴミどうするか困ってたところ」
「言っとくわ。明日か明後日にはたぶん見に来るんじゃない?」
「ふうん。神様は?」
「あいかわらずじゃない? 夜はお兄ちゃんの部屋で寝てるみたいよ。昼はごめん、わかんない。どっか行ってるんじゃない? バイトとか買い物とか」
「あ、そ。ごめん、って言っといて」
「どしたの? 喧嘩でもした? どうせお兄ちゃんが怒らせたんでしょ? 帰ったら自分で謝ったら? あ、そうだ」
加奈子は目一杯落ち葉の入ったゴミ袋を締め上げて口を塞ぐ。筋トレでそこそこ力のついた幸紘でも少々重たく感じるそれを軽々と肩に担ぎ上げて、加奈子は社務所の横に集められた同じような袋の横に置いた。そこから随神門の陰に置かれた白い買い物袋を取りに行き、幸紘の元へ歩いてくる。
「はい、これ。差し入れ」
中にはタッパーがいくつも入っている。タッパーの中は保存が利きそうな煮物類だった。
「お、さーんきゅ。飯には暫く困らないな」
「自炊、練習したら?」
「うん。そうするわ。白飯くらいは炊けないとな」
幸紘の答えに加奈子が目を丸くする。
「どうしたの、お兄ちゃん」
「なにが?」
「そんな素直になって。なんか禊がれちゃった?」
「こんな近くに店もないような不便な土地で一人で朝から晩まで働くとなったら、自炊は必須だなって思ってただけだよ」
「それでも大進歩だわ。生活力のかけらもなかったのに。研修で一人暮らし経験した成果かな?」
「うっせ。もうお前は帰れよ。すぐに日が暮れるぞ」
「ご心配なく。お兄ちゃんと違って十分もあれば自転車で家に帰れます」
「じゃあ早く帰れ。もう閉めんぞ」
幸紘は加奈子を追い出すように随神門へ追い立てる。階段の下には自転車が停まっていた。
「十八時以降な」
「わかった。じゃあね」
幸紘が手を上げると、加奈子も軽く手を上げて自転車のペダルにかかった足に力を込める。走り出した自転車を見送って、幸紘は境内へ入っていった。
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