脱皮

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「ねえ、美夕ちゃん」  と、須藤(すどう)宏子(ひろこ)はあたしの名を呼んだ。「もう、(しょう)とはこれっきりにしてほしいの」  彼女があたしを見る目は冷たく、傲慢(ごうまん)で、あなたはわたしの言うことをきくのが当然でしょ、とでも言いたそうだった。  あたしは思わず「ハァ?」と声をあげ、須藤宏子をにらみつけた。  彼女は、あたしのカレシである(しょう)くんの祖母だ。  あたしたちはいま、翔くんの家のダイニングキッチンで、テーブルをはさんで向かいあっていた。  テーブルには、緑茶と、年寄りが好みそうな駄菓子(だがし)煎餅(せんべい)が出されている。 「なんですか、それ。翔くんとは、もう付き合うな、ってことですか?」 「そういうこと」 「どうして? あたしが、翔くんにふさわしくないとでも?」 「んー、まあ、ありていに言えば、そうなるかもしれない」 「ちょっとォ。失礼じゃないですか」  あたしが抗議すると、宏子は、ふふっ、と人を馬鹿にしたように笑った。 「ふさわしくない、というか、つまり……こういう関係は、よくないと思うのよね。神さまが許さないことだから」  あたしはもう一度「ハァ?」と、うなり声をあげた。  なに言ってんだろ、このババァ。  本当に「ババァ」とののしつてやりたかったけど、さすがにそれはこらえた。  それに、思い当たることが、ないではなかった。  要するに、不健全な交際だと言いたいのだろう。  あたしと翔くんとの付き合いは、今年の四月にさかのぼる。  あたしが通っている私立高校に、二年への進級と同時に、翔くんが転校してきたのが、出会いの始まりだった。同じクラスになったあたしに、翔くんのほうから声をかけてきて、付き合いが始まった。三ヶ月もしないうちに、あたしたちはお互いの体を確かめ合うようになった。  エッチするのは、たいてい翔くんの家、つまりここでだ。二階の翔くんの部屋で、あたしたちは抱き合った。  そういえば、行為の最中に、ときどき、人に見られているような気がしたものだった。あれは気のせいなんかじゃなかったのだろう。きっとこの宏子が、あたしたちのことを(のぞ)き見していたに違いない。
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