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序章
「――それではご登場いただきましょう。小説家の上條マサルさんです。上條先生、どうぞ!」
司会のアナウンサーの高らかな宣言を合図に、スタッフからの業務的拍手が一斉に沸き起こる。
見るからに経験の浅そうなADに促され、俺はセットの中央に向かって足を踏み出した。仰々しいカメラが俺の動きを舐めるように追っているのが判る。最初の頃は見習いADなんかよりよっぽど緊張して、ライトどころか何もかもが眩しくて仕方なかったが、いつの間にかずいぶん慣れたものだ。
「はい、本日は去る10月15日に見事、青木賞を受賞された上條先生にスタジオへお越しいただきました。上條先生、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺はカメラに向かって、慇懃に頭を下げた。
まったく、本来はこんなところで愛想笑いを浮かべている場合ではないのだが。
「先生、先日は青木賞の受賞、おめでとうございます。どうですか、今の心境は」
今の心境?
俺は内心で苦笑いを浮かべた。司会としてはそう聞かざるを得ないのだろう。だがこちらもまさか「来月にはネタが枯渇して、1年後には世間から本が消えてるかもしれません」などと、本音を言うわけにもいかないから始末に困る。
これでも一応売れっ子作家という看板を背負ってはいるものの、実のところは何とか新しいネタを掘り起こそうと悪戦苦闘を重ねる毎日だ。
なまじ売れてしまうと、以前の手はおいそれと使えない。やれマンネリだのパターン化だのと散々叩かれた挙句に「上條マサルはもうオワコン」などと陰口を叩かれる。いや陰口どころか、それが堂々たる世論になってしまうのが、今の時代の恐ろしいところだ。
中にはアイディアがルルドの泉のごとくに湧き出る作家もいるにはいる。正直、俺はそんな奴らが憎くて仕方ない。こちとら年に1冊の単行本を出すのが精一杯の、亀のごとき遅筆の申し子なのだ。
だがまさか公共の電波の上で、己の筆の遅さを赤裸々に晒すわけにもいかない。
俺は仕方なく" 歓喜に堪えない " という表情を作って、軽く頭を下げた。
「ありがとうございます――まあ、あれですね。心境と言いましても、自分でもよく判らないまま受賞した、というのが正直なところでして。伝統ある青木賞にノミネートされたというだけでも光栄なのに、それが受賞ともなると、嬉しいを通り越えて戸惑いの方が強いと言いますか……」
相手がなるほどと頷くのを見て、俺は心の中で舌打ちを洩らした。
冗談じゃない。本当は戸惑いなどという、お上品な言葉で済まされるものなどではないのだ。有態に言えば「こんなエラい賞取っちまって、俺、これからどーすんだ」的な気分が満載なのである。
もちろん、賞は嬉しい。本が売れれば、なお嬉しい。
だが無理なモノは無理なのだ。
実際、今書いている新作も、長年の付き合いである編集者に頼み込まれて、必死にネタを絞り出している真っ最中なのである。
さっきも言ったが、俺は途轍もない遅筆の作家だ。普通は年に2~3冊、多作の作家になると、2か月に1回はどこぞの出版社で新刊が出る、などというバケモノもいる。
そういう人間離れした能力の持ち主はいいが、俺みたいな1年に1冊の刊行がやっとの寡作派は、下手に賞など取って注目されると困るのだ。元々の担当編集者は嬉々として尻を叩いてくるし、今まで大して交流のなかった出版社からも「ぜひウチで」と声がかかる。
確かにデビュー後の5年生存率が5%以下と言われる物書きの世界で、曲がりなりにも10年生き延びてきたことは褒められていいだろう。ありがたいことに売上ランキングの常連にもなり、新刊が出る時はあちこちの書店でサイン本を書かせてもらえる。
だがそれでも一寸先は闇なのがこの業界だ。
当たる光が輝けば輝くほど、その闇もまた深くなるのである。
俺はまばゆいライトが降り注ぐスタジオのすみに、ふと暗くうごめく闇を見たような錯覚に襲われて、思わずぶるりと身震いをした。
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