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10年前、俺には恋人がいた。 いや恋人と思っていたのは俺だけだったに違いない。 完全な俺の片想いだった。 凌ちゃんは幼馴染みで、いじめられっ子だった俺を助けてくれるヒーローだった。 どこにいても目立ってて、人気者だった。 俺の憧れだった。 俺の初恋だった。 気持ちを伝えるつもりなんてサラサラなかった。 でも凌ちゃんが告白されてるところを見て焦った俺はつい言ってしまった。 「ずっと好きだった。」 凌ちゃんは優しいから俺の気持ちを受け入れてくれただけだ。 でもそれでも嬉しかった。 初めてキスをした日は眠れなかった。 だけど凌ちゃんはお母さんが家を出てから変わってしまった。 不良っぽい人たちと遊ぶようになって毎晩夜遊びしてた。 俺のことなんか必要としてないって分かってたけど、電話が鳴ったら飛んでいく。 それがどんな用事でも。 凌ちゃんの言いなりだった。 でもそれしか俺にできることはなかった。 側にいたい。 それだけだった。 目の前で他の人とキスしたり抱き合ったりしてるのを見ても、何故か嫉妬しなかった。 俺には分かっていたからだ。 凌ちゃんは誰のことも、俺のことも見てない。 ただ悲しみを紛らわせて逃げたいだけだ。 俺は無力だった。 なにもしてあげられないただの子供。 好きな人が苦しんでるのにどうしたらいいかわからなかった。 海外に留学することにしたのは終わらせたかったからだ。 俺は凌ちゃんの恋人にふさわしくない。 なにもしてあげられない。 そんな苦しみから逃げた。 今思うと、俺は結局自分のことしか考えてなかったんだなとわかる。 凌ちゃんと同じだ。 本当なら嫌われてもなんでもあの時凌ちゃんを突き放すべきだったんだと思う。 嫌われたくない、それだけだったんだ。 ちゃんと子供だった。 今目の前にいる凌ちゃんはどんなことを思ってこの10年過ごしてきたんだろう。 「まさかこんなとこで再会するとは。」 「ほんとだね。」 「海外から帰ってきたんだな。」 「こっちで仕事することになって。」 「そっか。」 お互いなにを話せばいいかわからなくて何とか言葉を振り絞った。 「...凌ちゃん、何か地味になったね。」 「え?」 「地味すぎて別人だよ。」 「お前は何か垢抜けたな。」 「まぁ、海外生活長かったから。」 「10年だもんな、変わるよな。」 でもそう言って笑った凌ちゃんはあの頃のままだった。 「じゃあ帰るよ。会えてよかった。」 そう言ってそそくさと退散した。 俺はもう二度と彼に恋はしない。 だから近づくべきじゃない。 そんな話を新しい職場の後輩にした。 「そんなの運命じゃないっすか。家が隣なんて。」 「まぁ、そういえばそうだけど。」 「でも嫌っすよね元恋人、しかもそんないい恋人じゃなかったのに。」 「普通なら二度と会いたくないよね。」 「普通なら?」 「俺はそうは思わなかったんだよね。あっちにいても時々どうしてるかなって考えてた。ちゃんと生きてるかなって。」 「なんすかそれ。もう、愛じゃないですか。」 後輩くんは笑ったけど、俺は笑えなかった。 愛。 それは簡単には認めたくない事実。 愛だとしたらもう逃れられない。 それが一番怖かった。 だから俺はゲイバーに行って出会いを求めた。 正直、凌ちゃん以外なら誰でもよかった。 俺を愛してくれる人なら愛せると思った。 「一人ですか?良かったら一緒に飲みませんか?」 声をかけてきたのは真面目そうな人だった。 「いいですね。」 その夜出会った彼とは思いがけず長い付き合いになることになった。
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