3.怪人ニシキの相組逢瀬

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 かくして話は滞りなく纏まって当日朝。  ニノマエは遊園地の最寄り駅集合に調整して、ニシキだけを早めに呼び出していた。今日の段取りを詰めておくためだ。  駅の銅像前で待つニシキはあまり気負った感じではないもののそれなりにメリハリのある恰好で待っていた。彼女は居なくても女の子と遊びに行くことはそれなりにあるのでその辺りそつがない。 「ニノマエちゃん来てないのか?俺より早いと思ってたんだけどな」  周りにそれらしい人影はまったくない。 「来てますけど」 「え、あれ?」  声のほうを見ると知らない女の子が立っていた。いや、知らないわけじゃない。短いながらも親密な付き合いを続けている彼女の表情と立ち振る舞いをニシキが理解出来ないはずがなかった。 「えっと、あれ、ニノマエ……ちゃん?」 「わからなかったでしょう?」  ワンレンにふわっとパーマされた髪とイヤーカフス、丸眼鏡もかけていないし、化粧も薄めながらしっかりわかるくらいにされている。  キャミの上からシースルーのオフショルカットソーを羽織り、ギリギリ下品さを回避した程度の攻めたホットパンツに足元は厚底のサンダルで身長感までまるで違う。  右手薬指の指輪とちょっと派手めのショルダーバッグといった小物センスは、見慣れた姿からは想像も出来ない。  普段のニノマエと言えば微塵のゆとりも感じられないストレートの黒髪にヘアバンドで前髪をピッチリ詰めて顔にはトレードマークのような大きな丸眼鏡。制服を規定から1mmもはみ出さず可能な限り長く大きくキッチリ着込んでいる、そんな人物像だ。  声を聞かなければ目の前に立たれた今でも信じられないくらい別人だ。むしろなまじクラスメイトであったりするほうが気付き難くなるに違いないだろう。 「女子こわ。なるほどこれはすれ違っても、下手すりゃ電車で向かいに座っても気付かないな……」 「普段のキャラ付けもありますからね。ただネタが割れてしまうとこっちの私を“私”だと認識されて終わりなので」  目の前に立って見上げた目はいつもの彼女で。 「これを喋ったら本当に許しませんのでよくよく肝に銘じてください」 「あ、はい」  完全に生返事だった。あまりにも衝撃が強過ぎて頭が付いてきていない。誰だこれ。俺は誰と喋ってるんだ?  理由はともあれ生返事を察したニノマエは容赦なく厚底サンダルでニシキのすねを蹴り飛ばす。 「ぐあっ!?」 「はいシャキっとする。今日のざっくりした予定と、出来ればアフターは分かれて行動したいですからね。切り出すイメージしてきましたか?」 「その辺は、まあ……でもそんな想像通りいくかな」 「イメージがあれば想定外に出会っても軸に沿ってものごとを考えられます。逆にある程度想像しておかないとこれから起こること全部想定外ですよ。対応できます?」 「その辺はアドリブで」 「台本のないアドリブなんてないですよ、それでも元演劇部ですか」 「あっはいすんません」 「まったく。恋路の興廃はこの一戦にありです。最初の会戦なんですからここで不覚を取るとあとあとまで響きますよ」 「言い方まじ物騒だよね」 「戦争ですから」 「ニノマエちゃんも?」  その問いに一歩下がった彼女が腰に手を当てる。 「前も言いましたけど恋は戦争、愛も戦争です。終わりなんてありませんよ。この格好を見てわかりません?」  なるほど。 「マジ終わらない戦争なんだ……」  そしてニシキの戦争は始まったばかりなのだ。パァンッと景気よく自分のほほを叩くとにいっと笑みを浮かべる。 「そうだな。おっしゃ、気合い入れていくかっ!」 「ふむ。気合十分だねニシキくん」  彼の意気込みに答えたのはしかし、ニノマエではなかった。 「おはようニシキくん。と……ニノマエくん、だよね?」  生徒会長ニカイドウ。流行り程度に染めたゆるふわな髪に明るい赤のセルフレーム眼鏡。服のセンスも今月のファッション誌から取り出してきたと言わんばかりの流行り物だ。 「お、おう」 「おはようございます会長。今ニシキ先輩にも釘を刺していたところですが私のプライベートについて喋ったら相応の報復行為があるので覚悟してから口を開いてください」 「あ、ああ、大丈夫だともニノマエくん。天地神明に誓ってここで見聞きしたことは話さないとも。なあニシキくん?」  ニカイドウから若干引き気味に同意を求められたニシキは首が千切れそうなほどに縦に振る。 「わかってらっしゃるなら結構です。で、こっちが」  ここまで来てようやく彼女は彼へ視線を向けた。  ニシキに比べればともかく、男子としては決して小さいほうではない。しかしそれ以上に、明らかに鍛え込まれた手足が生徒会の面々とは一線を画している存在感を醸していた。 「あ、ども。シシクイです。今日はまあ」  ちらとニシキ、ニカイドウ、ニノマエの順に視線を巡らせる。 「に、楽しくやりましょう」  しれっとさわやかな笑みを浮かべる彼に、ニシキもニカイドウも「なるほどニノマエの彼氏だ」と思わずにはいられないのだった。
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