4.怪人ニシキの共同調理

1/2
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

4.怪人ニシキの共同調理

『時代はオンライン授業にテレワーク。我が校もいずれは時代にコミットしていかなくてはなりません! そのきたるべき日に備えて生徒会においてリモート会議などのトライアルを実施していきたいと考えているのです!(ばぁんっ)』 〜〜〜〜〜〜 ここまで回想 〜〜〜〜〜〜 「とブチ上げて活動費からイヤホンマイクとウェブカメラの費用をもぎ取った私を讃えたまえよ」  画面の向こうでドヤ顔をする我が校の名物美人会長ニカイドウを生温い視線で黙って見守る書記のニノマエ。 「素晴らしいな生徒会長! さすが我らが生徒会長! いよっ! この生徒会長!」  やはり画面の向こうでほぼなにも言ってない感じの賛辞をテンションだけで出力している副会長のニシキ。 「よくその怪しくも半端なカタカナの羅列で先生方を説得できましたね」  ニノマエの疑問にニカイドウがにやりと笑う。 「ふふふ、なのだよ。ニノマエくん」 「どういう意味ですか?」 「私がどこかで聞いたようなビジネス用語をさも『先生方はもちろんわかりますよね?』って顔でまくし立てることでわからないって言わせない雰囲気を作るんだ」 「ええ……」 「反論や却下しようとすると知ったかぶりがバレてしまう。『なるほどニカイドウくんの言うことにも一理あるな』とかもっともらしい顔で頷きながら肯定するしかなくなってしまうのさ!」  汚い。あまりにも汚い。ちらりと画面内のニシキを見るが彼はさすがニカイドウやり手だなーなどと感心していて同意は得られなさそうだった。恋は盲目。  そう、この生徒会副会長ニシキは生徒会長ニカイドウ愛しの一念で今年の生徒会選挙を勝ち抜き夏休み前に告白までこぎつけているのだ。  ただ、結果は生徒会長の意向により保留である。 「会長の手腕はよくわかりましたが、会計のニコくんがまだ居ないんですけどどうしましょう」 「ああ、ニコくんは今日は用事があって参加できないそうだ」  ニカイドウの説明を聞いてニノマエが爪を噛んで舌打ちする。逃げたわねあいつ。機会があったら絶対シバく。 「行儀悪いなあニノマエちゃん」 「すみませんちょっと腹に据えかねることがありまして」 「あ、はい。え、こわ」  ニシキの告白前後でニノマエはだいぶ労を取った、むしろ今も進行形で取っているのだが、その過程でなにやら認識の齟齬があったのか、若干恐れを抱かれている節がある。  身長180cmを越える長身で筋骨隆々。髪は真っ赤に染められジェルでガチガチに逆立っている。声も大きくテンションも高めな彼を誰が呼んだか怪人ニシキ。  一方のニノマエは出るところはかなり主張が激しいものの身長140cmそこそこの小柄。黒髪をヘアバンドでぴっちりと後ろに流し、丸眼鏡の向こうに見える鋭い目は性根の生真面目さを物語っている。  なにもかも対照的なふたりは生徒会長とは別の意味で生徒会名物となりつつあった。  なんといっても一見軽薄そうな副会長が後輩の書記に恐れをなしている絵面がなかなかシュールだ。まあ、その辺り人間関係の妙といえよう。 「なにか、言いましたか?」 「イエ、ナンデモナイデス」  ニシキの声がスッと小さくなりニカイドウがクスクスと笑う。 「ともあれ会議を始めよう。といっても学校関係の議題は無いのだけれども」 「無いんですか」 「無いねえ」 「じゃあ私は切りますのであとはおふたりだけでごゆっくり」 「まあまあ待ちたまえよニノマエくん。三者以上での通話を実施してレポートを提出するって先生に約束してるんだ。これはれっきとした生徒会活動だよ」  ニカイドウが無表情にアプリを切ろうとするニノマエを制する。生徒会活動と言われてはニノマエも嫌とは言えず……渋々頷きを強いられる。 「まったく……仕方ありませんね。でも本当になにをするんです?」 「まあ俺はこのままダベっててもいいけどなーどうせ暇だし」  ニシキとしては家でゴロゴロしてるくらいならウェブカメラ越しでも女の子と会ってたほうがまだしも有意義、そのなかに愛しのニカイドウが居るなら尚更だ。  しかし実際のところこうやってダベっていてもレポートが書けるわけではない。それはニシキもわかっている。  まあしかしこういうときなにも考えてこないニカイドウ生徒会長ではない。はずだ。たぶん。  そんなちょっと願うような気持ちを込めて画面向こうのニカイドウへ視線を向けると、彼女は「もちろん承知ですとも」とでもいわんばかりに自信満々の顔で頷いた。 「キミたち、最近飲食業界の不振で食材が余ってるって話を聞いたことがないかい?」 「あー、あるような」 「ありますね」 「その手の話はネット通販が一般的だが、市場や業務用スーパーなどを見てみると、確かに『なんとこの商品がこんなお値段で!』と思うような値段で並んでいるんだ。そこで今日は」  どん、と机の下から大きなパックを持ち上げてカメラの前に置くニカイドウ。 「この、尾かしら付きの真鯛40cm1.6kgを調理したいと思います!」 「「なんで?」」  期せずしてニシキとニノマエがハモった。 「なにかオンライン会議で面白いことはできないか、そう考えながら業務用スーパーで買い物をしていたらこの立派な真鯛がふっと目に入ってね。具体的な言及は避けるが店で食べるラーメンと変わらない程度の値段だった」 「まず女子高生が業務用スーパーで買い物をしている絵面がしっくりこないわけだが」 「驚く値段ですけど、それより自室に生魚を持ち込むのはどうなんでしょう」 「私もなんとなく思い立って親の買い物についていっただけで特に目的があったわけではないんだけどね。なお既に室内が少し生臭い」  それはそうだろう。パックに入っているとはいえ密閉されているわけでもない。 「というわけで今日はこれをアクアパッツァにしようと思う。キミたちはウェブでレシピを探して私をサポートして欲しいってわけさ」 「ニカイドウ、ふたつ質問があるんだが」 「なんだいニシキくん」 「レシピを探してサポートっつったよな。ちなみに作った経験は?」  ニシキの問いに彼女は赤いセルフレームをくいっと上げて得意げに言った。 「ないね! 私は授業や学校行事以外で料理をした経験は無い。もちろん魚を捌いたことも無いとも!」 「うんうん、なんかそういう感じの言い回しだなって思ってたぞ」 「カレーとかなら作れるが、それじゃわざわざキミたちに協力してもらう意味もないからね」 「そうだよな。じゃあもうひとつ、もしかしてそこで調理する気なのか?」 「そりゃあパソコンの前で捌かないと意味がないだろう」 「会長、換気扇もない自室で魚を捌くのは絶対やめたほうがいいですよ。それにコンロもなにもないですよね、どうするんですか?」 「なるほど、ニノマエさんは思慮深いね。さすが次期生徒会長」 「……そういう予定は、ないですね」  あと会長の思慮は水溜りより浅いですねと喉元まで出かかったニノマエだったが、その言葉は辛うじて飲み込んだ。 「ないのか、私は適任だと思うんだけどな」 「向いてませんよ」 「そうかなあ。まあこの話はまたいずれということで、私はちょっとキッチンからリモート会議に参加できないか調整するのでキミたちはレシピを探していてくれたまえ。よろしく頼んだよ! チャオ!!」  ニカイドウは茶目っ気たっぷりに敬礼しつつウィンクするとアプリを切って消えた。  あとに残されたふたりが画面越しに顔を見合わせる。 「どうするんです? これ」 「と、とりあえずレシピ探そっか」 「そうだ、あとは先輩方でというのはどうでしょう。ふたりきりですよ」 「それってニノマエちゃんがいない理由を俺が説明するやつでしょ。絶対ヤダ」 「この貴重なチャンスを逃してもいいんですか?」 「俺だって、保身に走ることくらい……ある」 「なんていいつつ先輩わりといつも保身第一ですよね」 「辛辣ぅ!」  こうして30分ほど。  残されたふたりは結局ネットで“魚の捌き方”と“アクアパッツァのレシピ”をそれぞれ探し出し、ニカイドウは母親から借りたノートパソコンをキッチンへ持ってきて改めてリモート会議へ参加。作業を実況しつつふたりが指示を出す体制が確立された。 「よーし、それでは改めて本日の作戦目標に挑んでいこうと思う!」  キッチンへ移動したニカイドウは汚れが気になると言って上着を脱ぎキャミソール一枚の姿になっていた。  立って作業をするニカイドウはパソコンの画面を覗くときには前屈みがちになるのだが、そうするとただでさえ無防備な胸元から下着とそれに包まれたふくらみがチラチラと覗く。  でれでれと鼻の下を伸ばしているニシキとなにも言わず冷めた目でパーカーのファスナーをしめるニノマエがあまりにも対照的で、ふたりを見たニカイドウは笑いを堪えきれない。 「なにか?」 「ははは、いや、なんでもないよ。それではええと、まずはぶつ切りにしたらいいのかな」  そういうと彼女はまな板のうえに真鯛を置くといきなり頭を落とそうと包丁を当てた。 「おや、あれ、意外と硬いな。魚ってこんな硬い生き物だっけ?」 「まてまてニカイドウ、もしかしてそれうろこ取ってないんじゃないのか」 「ほう、うろこ」  包丁の切っ先を垂直に当ててつつくが硬い甲羅のような手応えがありまったく刃が通る気配がない。 「そのようだね。これはどうしたらいいのかな。気合?」 「気合でうろこは取れねえだろ……バラ引きってうろこ取りの道具があるらしいけど家にあるか? なんか金属製のブラシみたいなやつ」  「ちょっと待ちたまえよ。……ママーうろこ取りってうちにあるのー? バラ引き? とかいうやつー。え? ない? あー、ないかー。……ないってさ、残念」 「百円ショップとかでも売ってるらしいけど」 「近所にはないなー」  これは早くも終了かなとニシキが溜息を吐いたところで、無言でキーボードを叩いていたニノマエが口を開いた。 「スプーンでも取れるらしいですよ」 「ほう、さすがにスプーンならあるね」 「使い方はうろこ取りを使ったときと同じ要領でいいみたいです。動画送りますね」 「さすがニノマエさん頼りになる」  そういいながらちらりとニシキへ視線を向けるニカイドウ。 「俺が頼りにならないみたいな視線の向け方やめてもらえません?」 「私はもちろんキミの今後の活躍に期待しているとも」 「ぴゃい」  ふたりのやり取りをみて『さっさと付き合えばいいのに』と思わずにはいられないニノマエだった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!