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第2話 不思議な新入生
「フランちゃん、フランちゃん! お昼一緒に食べよう!」
「わたくし、レオンハルト王子とランチの約束をしておりますの。他を当たってくださらない?」
「じゃあ、レオンくんも混ぜて三人で食べよう!」
「邪魔だと言っているのがこんなに伝わらないことあります!?」
リリィ・ホワイトレディは今日もフランツィスカ・フォン・ラヴシックにつきまとっている。フランツィスカはうんざりしていた。
ギャイギャイとかしましく口喧嘩をしている二人に、周りの生徒や教師は「仲良きことは美しきかな」と生暖かい目で微笑んでいるが、フランツィスカにとってはただただ迷惑極まりない。
フランツィスカがどんなに邪険に扱っても、リリィはニコニコと笑顔でつきまとってくるのであった。
(あのとき、こんな娘に声をかけるんじゃなかった……)
フランツィスカは今さら後悔しても遅い過去を振り返る。
フランツィスカとリリィが出会ったのは、入学式当日の朝であった。
生徒会長のフランツィスカは、入学式で新入生たちに贈る挨拶を暗記し、頭の中で何度も復唱する。うん、完璧に覚えている。彼女はひとりでうなずいた。あとは本番でトラブルがなければの話だが、名門貴族ラヴシック家の長女たるフランツィスカが入学式程度で緊張するはずもなく、会場である講堂も設備に問題はない。
一度講堂を出て、校門前の風紀委員長に声をかける。
「新入生は全員いらっしゃって?」
「それが……一名、まだ到着していないようです」
風紀委員長の言葉に、フランツィスカは顔をしかめた。
「もう式は始まってしまいますわ。校門を閉じておしまいなさい。入学初日から遅刻するような生徒はこのルカランテには必要ありません」
「しかし……いえ、かしこまりました」
風紀委員長は反論を打ち消して、他の風紀委員に門を閉めるように声をかける。ラヴシック家の人間に逆らったり口答えをしたりしてはいけない、というのが当時の暗黙の了解であった。
ギィィ……と錆びた音を立てて、校門が閉まっていく――。
「どわぁぁ~っ! 待って待って~!」
弾けるような元気な声が聞こえて、閉じかけた校門をジャンプで跳び越えた。
「なっ……!?」
フランツィスカは目を見張る。校門の高さは少女の身長をゆうに超えていた。身体強化の魔法を使っているのだろうか。魔法学園に入学前の新入生がそんな魔法を使えるというのか?
「ふう、セーフっ!」
校門を高跳びし、きれいに着地ポーズを決めた少女がフンス、と自慢気に鼻を鳴らす。
「何一つセーフじゃない。校門が閉じかけているのにそれを跳び越えて無理やり入ってくる生徒なんて初めてだ」
風紀委員長は苦虫を噛み潰したような顔で、元気の有り余った新入生に注意した。
「この学園は、侵入者と見なしたものを魔法攻撃で排除する機能がある。校門が完全に閉まっていたら君はその攻撃で撃墜されていたんだぞ」
「へえ~、すご~い! ハイテクですね!」
「はいてく……? いや、感心してる場合じゃないだろう! もういい、そろそろ式が始まってしまうから、今回は見逃しておく。今後、気をつけるように」
「はーい」
新入生の少女は口の中で「入学式、入学式……」とつぶやくと、急に立ち止まる。フランツィスカはその少女を珍獣を見るような目で見ていた。
「……入学式をやる講堂って、どこにあるんだろ?」
フランツィスカはずっこけそうになった。この学生は、学校の施設の場所すらも予習してこなかったらしい。入学前に一度もこの学園に足を踏み入れたことがないのだろうか。他の生徒は皆説明会や見学会で一度はこの学園を訪れるはずなのに。よほど田舎に住んでいる貧乏学生なのかもしれない。今後の学園生活が不安になった。
それでも、表情はなんとか取り繕い、「優しく寛大な生徒会長」の仮面を顔に貼り付ける。
「お茶目な新入生さん、それでは講堂に一緒に行きましょうか」
表面上はにこやかに、少女の乱れた制服や髪を直してあげた。
しかし、少女は凍結の魔法をかけられたように固まって、フランツィスカから目を逸らせない……というか、彼女に見とれているようだ。
――それはそうよね、とフランツィスカは内心フフンと得意げに鼻を鳴らす。
名門ラヴシック家の長女たる彼女は、美貌だって当然のように兼ね備えていた。社交界に参加すれば男女関係なく惹きつけてしまうパーティーの華。陶器のように白くなめらかな肌とシルクのように艶のある髪は褒められ慣れている。
……しかし、新入生の口から発せられた言葉は、そんなあけすけな褒め言葉などではなかった。
「フランちゃん……悪役令嬢のフランツィスカちゃんだ! 本物だ~!」
「…………は?」
フランツィスカの顔がピキッ、と引きつった。
「あなた、今、なんとおっしゃったの? このわたくしが、悪役ですって?」
今でも、ラヴシック家やフランツィスカの栄華に嫉妬した人間が陰口を叩くのは珍しいことではない。だが、こうして面と向かって悪口を言われたのは初めてだ。少女の後ろで風紀委員たちが青白い顔をしているのが見えた。王族に最も近いと言われているラヴシック家を怒らせるというのは、そういうことなのだ。
しかし、フランツィスカは大きく息を吸い込むと、ニコリと微笑む。
――わたくしは寛大な生徒会長。悪役などと呼ばれるいわれはない。
「あなた、新入生ですわよね。お名前はなんとおっしゃるの?」
「リリィ……リリィ・ホワイトレディです!」
「そう。あなたのお名前、覚えておきますわ。それでは一緒に講堂へ参りましょう」
「えっ、私の名前、覚えてくれるんですか! 嬉しい!」
どうにも、目の前の少女には悪意を感じられない。「悪役令嬢」などと呼んだことに、害意はないようだった。いや、他人を悪役呼ばわりすることに悪気がないほうが問題だと思うのだが……この少女――リリィの真意がよくわからない。
とにかく、この新入生には警戒したほうがよさそうだ、とフランツィスカは頭の中で要注意人物リストにリリィを入れておくことにした。
やがて少し時間が押してしまったものの、入学式は無事に始めることができたのだ。もちろんフランツィスカの生徒会長としての挨拶も完璧である。新入生の列の中にリリィを見つけると、彼女は目が合ってニッコリと笑うのが見えた。
ちょっと不思議ちゃんだけど素直な子なのね、くらいに最初は思っていたのだが……。
それ以来、リリィはフランツィスカにつきまとうようになったのである。
「フランちゃん、勉強教えて!」
「あのね、わたくしは三年生なのよ? 一年生の面倒なんて見ていられませんわ」
「先輩なら後輩のお世話してくれてもいいじゃないですか~」
「それ、頼む側の態度じゃありませんわよね」
さらに、王子とデートしていたフランツィスカの前に突然現れたこともある。
「フランちゃん、偶然だね!」
「嘘おっしゃい、そんな偶然があるわけないでしょう」
「せっかくだから、レオンくんとフランちゃんと三人で回ろっか!」
「いや、人のデートの邪魔しないでくださる!?」
あまつさえ、フランツィスカから王子を奪っていくリリィに、何度歯噛みしたことか。
「フランツィスカ……申し訳ないが、君との交際はもうできない」
「何故ですの!? この光景、もう二回目ですわ!?」
王子とのデートを妨害され、その心を奪われていくのはラヴシック家の栄枯盛衰に関わる。フランツィスカにとってはお家をかけた死活問題なのだ。しかも、王子を奪ったあと、リリィはその王子をフッてしまうと噂に聞いた。彼女が何をしたいのか全くわからない。
魔法学園ルカランテは四年制の学校で、フランツィスカはもう三年生だ。あと一年で王族の誰かのハートを射止めなければ、ラヴシック家はそのあとどうなるか不透明。
自室で授業の予習復習をしながら、彼女はそっとため息をついた。
〈続く〉
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