1.桃の香りを嗅ぎ、梨の皮に目印をつける

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 数少ない地雷をピンポイントで踏まれて思わずかっとなり、気づけば大声でツッコんでいた。  だが、私のツッコミを完全無視して、これなら問題ないでしょ? と言いたげに満足そうに笑う歳桃。  問題ないわけあるか。言い直した後の方が大変失礼なんだよ。  初対面の時にもしつこく身長弄りをされた。その後も、顔を合わせる度に行われてきた身長弄りはすっかり定番になっている。  毎日私をイジらないと気が済まないのか。内心呆れつつ、ふと視線を上に向ければ、風でなびいている歳桃の髪が目に入った。  前髪がばらけて束になっていて全体的に軽く濡れていることに少し驚く。  今月7月の平均気温は例年より高い。汗で髪が濡れている姿など滅多に見たことがない歳桃でも。クソ暑ィ今日はさすがに汗をかいたのだと一瞬思いかけたが、すぐに違うと気づく。  ワックスをつけているのだ。そういえば、前髪の分け目が左分けになっている。普段は右分けだから普段とは逆だ。 「私をドッキリにはめるために。わざわざ、ワックスで分け目まで変えて王子様風の髪型にして待ち構えてるなんてな。ご苦労なこった」  私が口角を上げて皮肉を言えば、「ふふっ!」と歳桃が声を出して笑った。 「名前で呼んでくれてどうもありがとう。君と出会ってから今年で五年目になるけれど、今みたいに()(ろう)と下の名前で呼んでくれたのは今日が初めてだね」  なんだそりゃあ。  多分、歳桃は、ご苦労なこったの『苦労』と、歳桃宮龍の『宮龍』の2つを掛けた()(ジャ)()を飛ばしている。 「嬉しいよ。でも一つだけ訂正させてくれるかい? 待ち構えてはいないよ。高身長イケメンの歳桃王子がお出迎えしてあげたんだよ」
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