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しかし、歳桃は私のことを見ておらず、声すら届いていないのか、何も言わない。
と、誰かが階段を上ってくる足音が耳に入ってきた。
歳桃に頼まれて階段下で見張りをさせられていたと思われる歳桃の友人が、歳桃に文句でも言いにきたのか?
もし本当にそうだったら、温かく迎え入れてやろうと思う。日頃、歳桃に苦労させられている者同士仲良くなれるかもしれないしな。
こちらに向かってくる足音に気を取られていたその時だ。
歳桃に右手首を思い切り掴まれてそのまま勢いよく引っ張られる。
ああッ!? いきなり何すんだ!?
避けきれない速度で真っ白な物体が私の眼前に迫ってきてそのまま顔面衝突した。いった……ッ!
ふわっ、と桃の匂いが鼻腔をくすぐるが、感傷的な気分になる余裕を一切与えず歳桃は半時計回りに半回転する。
まるで歳桃の体と私の体が一体化しているかのようにスムーズな動きだった。
歳桃らしからぬ強引かつ大胆な行動に全く動揺しなかったと言えば嘘になる。
だが、私を包み込んでいる桃の匂いが既に心を落ち着かせ始めていた。
ガチャリ、とドアが開く音がした。
歳桃に何の前触れもなく抱き寄せられた衝撃により、一瞬記憶が吹っ飛んだ。歳桃の友人がやってくることを忘れていた。
だからドアの音にほんの少しだが驚かされたし、再びドアを閉じる音がした直後も少し驚いた。
ただ、桃の匂いがその癒し効果を存分に発揮してくれたお陰だろうか。さほど驚かずに済んだ。
ただ一つ問題があるとすれば、音と人の気配がした方向を見ようにも見られないことだ。
多分だが、私の顔面は今歳桃の胸板にぴったりと押しつけられている状態なのだろう。これでは唇を開けない。喋ることはおろか声を発することさえ不可能だ。
ドアを開閉したのは歳桃の友人だろう。
もし、その友人が何も知らずにドアを開け、歳桃と私が抱き合っているこの光景を目撃して。
まずいな。俺は今見たらいけないものを見てしまったのかもしれない。歳桃は全否定していたが、お前らは付き合っていたんだな。邪魔したな。すまない。俺は居なくなるから気にせず続けてくれ。
心の中でそんなふうに呟いて、慌ててドアを閉じたんじゃ。
学年中──下手すると学校中で出回ってる可能性が高い、私と歳桃がデキてるというあの噂。
もし、歳桃の友人が私と歳桃が付き合ってると勘違いしたまま悪気なく誰かに話しでもしたら。
あのクソデタラメな噂でも真実味が帯びちまう。
待てッ!! 私と歳桃はデキてねえ!!
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