1.桃の香りを嗅ぎ、梨の皮に目印をつける

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 抱き合っていたという噂を新たに流されたら、事実なだけに否定しづらい。  いや、一方的に抱きしめられているだけで絶対に抱き合ってない。これは歳桃のセルフハグみたいなもんだ。  しかも完全に不可抗力だっ。   私は歳桃の腕の中から抜け出すためにもがこうとしたが、がっちりホールドされていて身動きが取れなかった。  歳桃はよく馬鹿力だと揶揄ってくる。でも、テメェの今の腕力の方がよっぽど馬鹿力だと思う。  馬鹿力と言えば、とふと〝火事場の馬鹿力〟ということわざを思い出す。  ひょっとして、歳桃は今まさに切迫した危機的状況に陥ってんのか? 「さや(紗夜)」  耳元で低く囁かれた。相っ変わらず無駄にいい声してやがる。  さや。明らかに平仮名呼びだ。どうも、歳桃は私のことを下に見ている節がある。  私も歳桃も高二で誕生日がまだ来てないから16歳。同い年だというのに失礼な奴だ。 「はいはい。どうどう、どうどう」  私の耳に直接、風より熱い歳桃の吐息と言葉が入ってくる。耳に感じたぞくぞくっとした不思議な感覚が全身に広がっていく。 「Calm down.((紗夜•訳:落ち着きたまえ。))いい子だからじっとしてて」  暴れ馬・暴れ牛扱いに、英語が公用語の外国人扱いに、やんちゃな幼児扱い。  歳桃は一体私を何だと思ってるのか。殴りてェ。  今すぐぶん殴りたい衝動に駆られたが、どうやらそれも難しそうだ。  左手は上から覆うように強く握られている。握られていない右手さえも、歳桃と自分の身体の間に挟まっていて、指一本たりとも動かせないのだ。  だが、火事場の馬鹿力はそう長くは保たないらしい。締め付ける腕の力が弱まってきた。これなら、力づくじゃなくても余裕で抜け出すことができそうだ。  そう判断した私が動こうとしたその瞬間。 「殺すよ?」  歳桃にしては珍しく、上から頭を押さえつけるような声音で脅してきやがった。言葉通りの意味だけではなく、暗に抜け出そうとするなと警告している。
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