7人が本棚に入れています
本棚に追加
抱き合っていたという噂を新たに流されたら、事実なだけに否定しづらい。
いや、一方的に抱きしめられているだけで絶対に抱き合ってない。これは歳桃のセルフハグみたいなもんだ。
しかも完全に不可抗力だっ。
私は歳桃の腕の中から抜け出すためにもがこうとしたが、がっちりホールドされていて身動きが取れなかった。
歳桃はよく馬鹿力だと揶揄ってくる。でも、テメェの今の腕力の方がよっぽど馬鹿力だと思う。
馬鹿力と言えば、とふと〝火事場の馬鹿力〟ということわざを思い出す。
ひょっとして、歳桃は今まさに切迫した危機的状況に陥ってんのか?
「さや」
耳元で低く囁かれた。相っ変わらず無駄にいい声してやがる。
さや。明らかに平仮名呼びだ。どうも、歳桃は私のことを下に見ている節がある。
私も歳桃も高二で誕生日がまだ来てないから16歳。同い年だというのに失礼な奴だ。
「はいはい。どうどう、どうどう」
私の耳に直接、風より熱い歳桃の吐息と言葉が入ってくる。耳に感じたぞくぞくっとした不思議な感覚が全身に広がっていく。
「Calm down.いい子だからじっとしてて」
暴れ馬・暴れ牛扱いに、英語が公用語の外国人扱いに、やんちゃな幼児扱い。
歳桃は一体私を何だと思ってるのか。殴りてェ。
今すぐぶん殴りたい衝動に駆られたが、どうやらそれも難しそうだ。
左手は上から覆うように強く握られている。握られていない右手さえも、歳桃と自分の身体の間に挟まっていて、指一本たりとも動かせないのだ。
だが、火事場の馬鹿力はそう長くは保たないらしい。締め付ける腕の力が弱まってきた。これなら、力づくじゃなくても余裕で抜け出すことができそうだ。
そう判断した私が動こうとしたその瞬間。
「殺すよ?」
歳桃にしては珍しく、上から頭を押さえつけるような声音で脅してきやがった。言葉通りの意味だけではなく、暗に抜け出そうとするなと警告している。
最初のコメントを投稿しよう!