1.桃の香りを嗅ぎ、梨の皮に目印をつける

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 癒されるだけならまだ許容できるのだが。感傷に浸る。これだけはやめなければいけないのに、なかなかやめられそうにない。  感傷的になりやすくなっている。その原因は誕生日がまだ先だがじわじわと迫ってきてるから。  それともう一つ。去年の誕生日ひと月前、自分が誕生日に消える夢を見たからだ。  私が不眠4日目なのは、誕生日と夢について深く考えるようになってしまったからだ。  このことに関して、これ以上考え出したらきりがないと分かっているので、思考にブレーキをかける。  それはそうと、私が友人たちから遊びに誘われた時に断った理由が分かった。  今みたいに自分が感傷的になっていることを気づかれないようにするためだったのだ。  気づかれた場合、去年と同じように心配されて助言をもらうか。もしくは、歳桃みたいに面倒くさい人間だったのかとドン引きされちまうだろう。  それらを回避するために、私は遊びの誘いを断って一人になることを選択したのだと思う。  何となく、という曖昧な理由で一人になりたい気分になったのだって、多分そうだ。  無意識下で、そんな気分になった方が自分のためになると思って脳が指令を送った。いや、さすがにそれは考えすぎか?  それにしても──香りが濃い。まるで、桃の香りのする毛布に包まれているかのようだ。  包まれている、という言葉で連想した記憶が一つ。  中2の12月にイヤぁな匂いに包まれた。  嘘泣き騙し討ちドッキリにはめられた時のことだ。  心配して近づいたら教室のカーテンでぐるぐる巻きにされた。心配した相手──歳桃に。 (ちなみに。カーテン越しに、『僕が君の前で涙を見せるわけないでしょ。はい、これで梨のロールケーキの完成〜』と大笑いする声とセットでネタバラシしてきやがった。  私をぐるぐる巻きにした後、なぜか仕掛け人の歳桃までカーテンの中に入ってきて、『これで桃と梨のロールケーキだね♪』とも言ってきた。  カーテンの色がロールケーキの生地の色に似ていたから喩えたのだろうが、甘い生クリーム(に似た白色の物体)が足りないだろとツッコみたくなった。  そこまで忠実に再現する必要性を感じない、と言われればそれまでなので、やめたが。)  ぐるぐる巻きにされた直後、埃っぽく、カビっぽく、焼きとうもろこしのような香ばしい匂いが混ざり合ったイヤぁな匂いに包まれた。  香ばしい匂いの正体までは分からない。カーテンに染み込んでいる誰かの汗だとしたら、死ぬほど嫌だ。  埃っぽい、カビっぽい匂いの出所は言うまでもなく、カーテンに付着している砂埃や黒カビだ。  歳桃に未だにハグされているこの状態で、桃の香りを強く感じる。  ということはつまり。  私は唐突に理解した。  香りの出所は、歳桃が身に纏っているものであり、それは桃の香水であると結論付けてもよさそうだ。  香水なんて、校則違反物を持ってくんなよ 。あの生徒指導教員兼クソ堅物担任によくバレなかったな?   それとも、放課後に入り、歳桃が屋上を貸し切り状態にした後から私がここにやってくるまでの間にふりかけたのか?  クソ……っ! さっきまで唯一無二の、心安らぐ癒しの香りだとか、ついさっきだって一番好きだと確信したばかりで。  今なら羞恥心で死ねる。……死ぬ? 今こそ消えるべき時なんじゃねぇか?   ちょっと待て! 一時の衝動に駆られて早まるな。  私は、今までずっと独りで生きてきたわけじゃなかっただろ。  家族や第二の家族である友人(仲間)たちに支えてもらいながら生きてきた。生かされてきた。  だからこそ、消えるわけにも、死ぬわけにも、不審者に殺されるわけにもいかない。
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