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頭が混乱する。目の前で行われたことなのに、何が行われたのかてんで分からない。
と、ある記憶がとてもタイミングよく蘇り、それが私に解答を教えてくれた。
『君の手の甲に口付けして、夕寝するのに最適な場所までエスコートする』
歳桃がハグしている最中に言った発言だ。正答だと思われる。
口付け? これってつまり、歳桃が私の手の甲に口付けしてきたことでいいんだよな?
「ほんとうに何も感じなかったかい?」
歳桃が大事なことを再確認するように尋ねた。
瑞姫のためだ。真剣に考えてみた。
歳桃の唇の柔らかい感触と温もりがやけに残っていて、嫌な動悸がする。
事前の打ち合わせにないアドリブをかましてきやがった歳桃、に対する怒りで顔や体中がかっかしているだけだ。
何も感じなかったし、今も特に何も感じていない。
「……ああ」
「ゼロドキゼロキュン? 僕のことを異性として意識するきっかけにもならなかった?」
「ゼロドキゼロキュンだ。なるわけがねぇ」
「ふーん、そっか……」
私の返答を聞いた歳桃はにっこりと笑った。
ただ、その瞳は全くもって笑っていないだけではなく、闇しか感じないほど底なしに暗い。
「確かに言質は取ったからね。もし、君が嘘を吐いていたり、今後僕のことを好きになった場合には、問答無用で死んでもらうからね。君が死ねば、瑞姫が心配になることは一生ない」
「嘘なんか吐くメリットねェし、好きになることはない」
「そう」
歳桃は短く相槌を打つなり、珍しく腕組みをした。
「なら安心だ」
「そうだ。安心だ。死ぬ心配はねぇし、大体テメェのお望み通り死んでたまるか」
歳桃がポンと手を合わせた。
「それじゃあ確認も済んだし。痺れを切らしてついつい様子を見にきてしまった瑞姫を。本物のプリンセスをお迎えに上がろうかな」
私の死んでたまるか発言はシカトかよ。
歳桃は一切迷いのない動作でドア前にスタンバった。
やはり、敵前逃亡しろという愚かな指示を変更して、二人で瑞姫を迎え撃つつもりだな。
よし。私も立ち上がって歳桃の隣に立ち、戦闘態勢を整えて瑞姫を待ち構える。
「あっ、君は下がって」
歳桃が僅かに眉を下げ、私に向かってしっしっと追い払うような仕草をした。
何だよ。ここは共闘の流れじゃないのか?
歳桃に目配せするが、うまく伝わった気配はない。
「ドアを開けた瞬間、瑞姫の視界に入っているのは僕だけじゃなくちゃあいけない。偽物プリンセスの君は引っ込んでてくれるかい?」
チッ、と私は思わず舌打ちする。
勝手にドッキリ始めてプリンセス呼びしてきたのはテメェの方だ。
だから偽物プリンセスはさすがに酷ェ呼称じゃねぇか?
私は私がプリンセスって柄じゃねぇことは分かってるし、分かってることを人から言われたらもっとムカつくんだよ。
そもそも、性格が王子様じゃないテメェにだけは言われたかねぇ。
喉まで出かかった反論の全てを、瑞姫のために我慢して飲み込んだ。
もうすぐ結ばれるって時に、水を差すような発言は避けたい。
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