1.桃の香りを嗅ぎ、梨の皮に目印をつける

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「偽物プリンセスで悪かったな」  せめて皮肉っぽく笑って言い返した。  この一言に怒り、苛立ち、悔しさなどの感情を少しだけ上乗せして。 「はいはい、そういうのいいから。早く瑞姫プリンセスの視界に入らない位置まで移動してくれるかな?」  歳桃は冷ややかな目を私に向けて、苛立ちを滲ませた声でそう言う。  疑問形だがこれは命令だ。  怒鳴りたい衝動を瑞姫のために何とか抑える。  歳桃の命令通り、私はドアを開けた時に瑞姫の視界にどうやっても入らない、つまり死角になる位置まで下がった。  ただし、歳桃の横顔はぎりぎり視界に入る位置を陣取った。  今の歳桃のこれが本気演技なのか否か、見抜く必要があるからだ。  もし本気演技なら、私の命を狙っているらしい瑞姫を騙すためであるはず。  もし雑な演技なら、屋上を貸し切り状態にした理由である、犯罪まがいの特大ドッキリを実行中ということになる。 「何ボーッと突っ立ってんの。ノロマ。帰る準備しなよ。瑞姫を迎え入れたら、君には無言で出てってもらうから」  そんなに私が邪魔なのか。すこぶる気分が悪い。  屋上をいつも利用してるお馴染みのメンバーたちは気持ちよく追い出されてったってのに。  こんなの、納得しろという方が無理な話だ。 「テメェ、明日覚えとけよ」  私は帰る準備を済ませた後で歳桃をじっと睨み据えた。 「負け犬の遠吠えにしか聞こえないから、やめたら」  疑問符を付けるのも億劫なのか、語尾すら上げない。 「うっせぇ……!」 「ごめんね。瑞姫」  歳桃は私の暴言を無視してドアに近づいた。 「お迎えするのが遅くなって。待ちくたびれて幻滅してしまったかい?」 「ううん、そんなことない」  ドアの反対側から瑞姫の声が聞こえてくる。 「幻滅なんかしてないよ。私、歳桃くんのこと──」 「()(ろう)呼びで構わないよ。むしろ瑞姫からは呼び捨てで呼ばれたい」 「私、……宮龍のこと大好き。ちゃんと確認してくれて本当にありがとね」  歳桃と瑞姫がラブラブな会話を交わす。ドア越しの会話のやり取りはとてもロマンチックだと感じた。 「もう、瑞姫のためだったら何でもするよ……」  歳桃が愛おしそうな表情でドアの表面をひどく優しい手つきで撫でる。  ドアの反対側で、瑞姫も同じような行動を取っていたら、もっと感動的でドラマチックなシーンになるだろうと思った。 「僕も君のことが大好きだよ。……僕と付き合ってくれますか?」 「もちろんっ!」  瑞姫の迷いのない返事が聞こえたのと同時にバンッ!! という大きな音が鳴る。  ドアが開け放たれており、その中から瑞姫が飛び出してきた。  今の瑞姫は一段と綺麗になっている。  正直、恋すると綺麗になるという説を疑っていたが、本当なのかもしれないと思った。  瑞姫の手元を確認したが、水鉄砲やナイフどころか何も持っていない。手ぶらだ。  どこかに隠したのか、それとも、私が歳桃のいつもの真っ赤な嘘に騙されているだけなのか。 「ありがとう、瑞姫……!」  ガバッと歳桃が瑞姫を抱きしめる。  瑞姫も歳桃の背中に腕を回す。どちらもぎこちなさは感じない、ごく自然な動作だった。  まるで恋愛映画のワンシーンみたいで、自分がここにいるのが場違いな気がする。  これ以上は放てないだろっていうぐらい、歳桃の野郎も瑞姫も大人の色気を放っていて。  何だか、見てはいけないものを見ているような気分にさえなってきた。 「ねえ。さっきから何ジロジロ見てるの? 不審者。僕たちのハグは見世物じゃないよ」  歳桃が虫けらでも見るような蔑んだ瞳でこちらを見た。 「ちょっと宮龍。紗夜ちゃんを不審者呼ばわりするとか信じられない!」  瑞姫はむっとした顔で歳桃に注意してくれた。  私が瑞姫に感謝していたその時、 「目障りだからさっさとどっか行け! ッ!!」
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