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ドアを開けた瞬間、強風が吹き込み、その風に乗ってとてもいい香りが漂ってきた。
実は、ドアノブを回しきった直後からドアを開けるまでのほんの数秒の間に。私がドアを蹴破ってそのドアに歳桃がぶっ飛ばされるという最高の光景を想像していた。
だが、そんなのどうでもよくなってやめた。後ろ手でドアを閉めたら思いのほか煩い音が鳴ったが、全く気にならなかった。
どうやら、私は完全に心を奪われているらしい。どこからともなくやってきたこの桃の香りに。
私はリュックの肩紐を片方ずつゆっくりと外して下ろし、リュックの横に学生鞄も置いた。
みずみずしくフルーティーな香りで、もぎたての完熟した白桃がありありと目に浮かぶ。
唯一無二の、心安らぐ癒しの香りのようにも感じた。まさかとは思うが、無意識のうちに癒しを求めている可能性は否めない。
本音を言うとこのままずっと嗅ぎ続けたい。だが、とりあえず今は、目の前にある現実を受け止めなければいけない。
奴の私を見下ろす視線もそろそろ鬱陶しくなってきたし、どんなに嫌で信じたくない現実でも逃避せずに全て受け止める。それが私という人間だ。
「こんにちは。プリンセス」
屋上には歳桃が居て、私の真正面に立っている。嫌な予感が的中してしまった。やはり、あの気配は奴──歳桃のものだった。
こいつの気配だけは何となく分かるのだ。
私は歳桃を殺したい敵だと認識している。それが気配が分かる理由だと思う。
向こうも似たような理由で、ドアが開いて私の姿が見えるより先に私の気配に気づいていたはずだ。
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