1.桃の香りを嗅ぎ、梨の皮に目印をつける

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 歳桃と目が合ってるという状況が不快すぎて秒で目を逸らした。  私の視界の端に無断で映っている歳桃は嬉しそうに微笑んでいやがる。  演技中とはいえ、嫌悪感、揶揄、嘲り、悪意、殺意を含まない笑みを私に向けるなんざ珍しい。  いや、珍しいなんてもんじゃない。胡散くさい。  どう考えてもおかしいのだ。さようなら、とこちらが皮肉たっぷりの別れの挨拶を返したのにもかかわらず、あの歳桃が皮肉返しをするどころか、嫌味や文句の一つも言ってこないなんて。  さようなら、王子様。まさかとは思うが、私に言われた皮肉が面白くて笑ってんのか?  少し気になって、理由を探るために視線を戻すと、いつの間にか嬉しそうな笑みは品のあるソフトな微笑に変わっていた。今度のは確実に揶揄が含まれている。 「貸し切りの屋上へようこそ」  歳桃は一切笑顔を崩さず、自分の右手を左胸に軽く当てると同時に右足を斜め後ろに引いて、恭しく頭を下げる。  高貴な王子様を連想させるやけにかしこまったお辞儀だ。  左手を水平に差し出すポーズは歳桃が個人的に気に食わなくてやりたくないと思ったから、勝手に省略したと思われる。  腹部辺りに添えるはずの右手もなぜか左胸に当てている。ボウ•アンド•スクレープ(歳桃オリジナルver .)といったところだろうか。
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