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5月12日 月曜日 午後8時37分/伊原舜介
伊原がアパートに戻ったのを見ていたみたいに、モウの携帯にメールがきた。
メールはモウからだった。
――計画が変更になりました、とモウは書いていた。
――サクリファイスは、明日の深夜十二時までに処分してください。健闘を祈っています。
伊原は明かりを点けたばかりの部屋に立ったまま、携帯の画面をじっと見入っていた。
しばらく意味がわからなかった。
明日の深夜十二時まで? 何のことだ?
だが、ようやく理解ができてからモウに抗議の返信メールを送っても、なにも返ってこなかった。
そんなことってあるかよっ! と今度は本気で壁に向かって携帯を投げつけようとしたが、今回も思いとどまってブギーマンにメールを打ってみた。
『急に計画が変更になった。知ってるか?』
幸い、ブギーマンからの返事はすぐにあった。それだけでもとても救われたような気がした。
――知っている、とブギーマンは書いていた。
――キリヤマが、すでに第一のサクリファイスを処分したからだ。
伊原は目を疑った。
――あのキリヤマが? まだ一日も経ってないのにか?
彼は、あの眼の前に飛んできたタンポポの種子にさえも噛み付きそうなキリヤマを思い浮かべていた。
あいつがすでに行動を起こしたと? とても信じられなかった。
ブギーマンからまたメールがきた。
――モウは言い出したら変更しない男だ。彼が明日の深夜十二時までと言ったら、そのとおり実行するしかない。
伊原は時計を見た。すでに八時半を過ぎていた。南浦和までなら電車で一時間ぐらいだろう。これから埼玉に向かうか? でも、向かってどうする? その足で岩渕勝美という男を見つけ出して殺すのか? 伊原は頭を抱え込んだ。
そんなこと不可能だ。そんな簡単に人が殺せるなんて・・・・。
またあのアンドーの悶絶する姿が思い浮かぶ。かーす・・・・、かーす・・・・、かーす・・・・と膝から下の痙攣でゆっくりと床を引っ掻く姿が・・・・。
あと三十時間足らずで、オレがあんな風になるのか?
うーーむ、と伊原は唸った
伊原はブギーマンにメールを打った。
『ブギーマンなら、どんな殺害方法を選ぶか知りたい』
また空メールがくるかもしれないという不安があったが、もう深く考えている余裕がなかった。
途中で操作を間違えてしまったみたいで、彼はもう一度同じメールを送った。
――私なら――、と少し時間が経ってから、ブギーマンは返事をよこした。
伊原は飛び跳ねたいぐらいに喜んでいた。
――やはり、ナイフだ。でも、それでサクリファイスを刺すのではない。それでは刺す場所によって助かる可能性があるからだ。一番確実なのは、サクリファイスの首の右側にある頚動脈を、一気に切り裂くことだ。頚動脈は以外に深いところにあるから、ちゃんとナイフは深く突き刺せ。そして力いっぱい引け。それが確実だ。あと、同じ内容のメールを続けて送るな、と注意された。
『すまない。以後気をつける。ありがとう』とだけメールを打って、伊原は考え込んだ。
やはりそうだ。ブギーマンもナイフだと言っている。たぶんこの状況なら、それが一番適切なのだろう。
だったら、そのナイフとか服とかをとにかく購入しないと・・・・。でも、こんな時間に開いてる店なんて近くにない。とにかく伊原は先ほど書き込んだ購入リストに続けて、思いつく限りのものを書き込んでいった。
ふと気づくともう夜中の二時を過ぎていた。
あと二十二時間――。
彼は電気を点けたままベッドにもぐり込んだ。そして二十二時間後の自分の姿を想像してみた。
ブラックボックスが作動して悶絶しているのか、それとも全身血だらけの殺人者か・・・・。
当然ながら、彼にはどちらもうまく想像できなかった。
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