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買い間違えたと言って、ダブルでふわっふわのトイレットペーパーを貰っていただいた。
離れて暮らす義両親に変わって、時々主人の祖父母の様子を見に行くのだが、ある事が気になっていた。
トイレットペーパーが硬いのだ。安売りで、大量に入っているお得なやつ。一度、買い物について行った時のお爺さんとお婆さんのやり取りが、どうしても忘れられなかったのだ。
山積みのトイレットペーパーの前で、お爺さんが足を止めた。
「こっちの柔らかいのは?」
隣の山の前で、お婆さんは呆れながら窘めるように言葉を返す。
「勿体ないでしょ。これだと数も多いし百円も安いでしょ。昔はもっと硬かったんだから、これでも柔らかいほうよ。贅沢言わないでちょうだい。年金だってたいして貰えないんだからね」
「そうか。でもたまには柔らかいの····」
「贅沢言わないで!」
お婆さんの気持ちはわかる。それは、凄くわかるのだけれども、お爺さんがとても切なそうな顔をしているのを見てしまったのだ。
そして、お婆さんが気を悪くしないよう、私なりに考えた結果の行動だった。
買い間違えたと言って貰ってもらうのが、一番平和的じゃないかと思ったわけだ。
毎回という訳にはいかないが、幸いにも私はおっちょこちょいで有名である。
あのトイレットペーパーを届けてから、数週間ぶりに祖父母宅へ行った。すると珍しい事に、お婆さんよりも早く、お爺さんが出迎えてくれた。
えらくニコニコしている。主人と顔を見合わせ驚いていると、お爺さんが私にコソッと話してくれた。
「優奈さん、あのトイレットペーパーねぇ、凄く柔らかくてねぇ、ふわふわでねぇ、良い感じだったよ。あ、汚い話してごめんねぇ。ありがとうねぇ。ばーさんには内緒ね」
と、私は思わずぶわっと涙が込み上げた。
幾つか雨染みのできた天井を仰ぎ、急いで瞳を乾燥させた。そんな私を見て『こいつのおっちょこちょいも、たまには役立つんだよな〜』と、主人が茶化してくれた。
いつも通り夕飯をご馳走になって、体調や近況を聞いてお暇した。
そして、車に乗りシートベルトを締めながら、主人が目を細めて嬉しそうに言った。
「じいちゃん、めっちゃ嬉しそうな顔してたな。ありがとう」
お爺さんの笑顔は、小さい頃から仏頂面しか見てこなかった主人にとって、随分と貴重なものだったらしい。
こんな小さな事で2人の笑顔が見られるのなら、おっちょこちょいなどお安い御用だ。私は満足気に『どういたしまして』と言った。
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