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「王権を強めるために議会を潰すとして、現実的にはどのような方法が考えられるのですか? つまり、相手の狙いは何で、何に警戒をすれば防げるのですか」
ガウェインの言葉を追いかけてジュディが問いかけると、グラスを空にしていたガウェインは嬉しそうに微笑んだ。我が意を得たりと、会話を楽しんでいる様子であった。
「議会政治の歴史は、国王をはじめとした少数の権力者から国政に関わる権限を奪い取る過程の話でもある。つまり、この国では長い時間をかけて『政治を決めるのは国民の意思を体現した議会である、すなわち国民が決めている』という体裁を整えて、王権の力を削いできた。今後、この逆の動きを仕掛けられると予想している」
「逆といいますと?」
「議会の権威が失墜するようなこと。つまり、ある難題が持ち上がった際に、議会が空回りをし、結論を出せなくなる。もしくは、出した結論に世論が反発する。この状況で国王が宣言するんだ。『国民投票』の実施を。そこで多数決で出した結論が、議会の結論と食い違った場合、『議会はもはや国民の意思を反映していない、有名無実の組織である』とされるだろう。そうなれば、大幅に権限を削られるか、解散させられるかだ」
言われた内容を咀嚼するようにジュディが黙り込むと、ガウェインの後ろに立って控えていたステファンが、「よろしいですか」と口を挟んだ。
「たとえば、バードランドが独立を求めて内戦を起こすとします。このとき、議会は早期解決を重視し、独立を認めるという結論を出すかもしれない。そこに王権が待ったをかける。そして『離反する国は徹底的に抑圧し、植民地とした方が連合国にとっては利益となる』とメディアを使って大々的なキャンペーンを仕掛け、『戦争すべき』に世論を誘導した上で『国民投票』を実施。ここで開戦が過半数を占めた場合、『議会は国民の利益を見誤っており、正しいのは王権である』という図式ができあがる。これは、そういう話です」
ステファンらしい具体的な例示で説明されて、ジュディは「よくわかりました」と言葉少なく答えてから、グラスを傾ける。
頭の中で整理を試みるも、ガウェインとステファン、アルシアの三者から視線を向けられることに気づき、確認のためにその段階での理解を口にした。
「本来は国民の声を政治に反映させるために公正中立であることが望ましいメディアが、すでに王権によって買収され、その声を体現する機関となっている現状があるわけですよね。この状況で戦争のような難題が持ち上がってくると、メディアを使って簡単に『議会はもはや頼りにならない。国を率いるのは強いリーダーである』と印象操作がなされ、王権の強かった時代の再現をされてしまう、と……」
自分で話していて、ジュディは背筋がうすら寒くなるのを感じた。
(独裁だわ。時代が逆行する。だけど、もし相手側にそれをなし得る人材がいるのだとすれば……)
ジェラルドではなく、もっと狡猾な何者かがそこにいるように思えた。
ガウェインは、ジュディの話を大筋を認めた上で、話を引き継ぐように続ける。
「実際に、今以上の繁栄を求めるなら、植民地政策は必須だ。現在の議会はその点では慎重派で、見ようによっては弱腰だろう。この状況を歯がゆく思っている者は、想像以上に多いかもしれない。メディア戦略によって世論を強硬派に誘導するのも、現実的にあり得ると考えられる。現在の議会がすぐさまそちらに傾くことはないが、議会を廃止されてしまえば、この国が覇道を求めて戦争大国となる未来も――」
意志の強いガウェインでさえ、言い淀んだ未来。
(繁栄を求めるなとは、言えない。誰だって、豊かな生活を望む。それは悪いことではない。だけどそこでは確実に踏みにじられる者がいる。それで構わないと考える者が、想像以上に多い、とは)
覇道を進む王を選び、痛みに目を瞑る国民は、もはや無辜の民ではありえないだろう。
フィリップスの交代劇の向こうに広がるもうひとつの未来を思い、ジュディは暗澹たる気持ちで呟く。
「この国が築いてきたものを、根幹から破壊し、新たな時代を作ろうとする独裁者がジェラルドの側にいると」
「すべてが間違いとは言わない。自国の利益を冷徹に見据える政策は、必要だ。だが、それでも戦争は必要がない。絶対に避けるべきだ。俺はそう考えるから、あちら側とは徹底的にやり合うことになる。俺が選ぶ道は、そういう道だ」
理解して欲しいとか、ついてきて欲しいという言葉はそこにはなかった。
(ガウェイン様は、おひとりでも突き進む決意を固めているから)
乞われずとも、ジュディが選ぶ道もまた決まっている。
「その道を、私もともに歩みたいと考えています」
ガウェインただひとりをまっすぐに見て告げると、ガウェインは「ありがとう」と柔らかい声で答えた。
アルシアはその二人の様子をじっと見つめていて、ステファンはさりげなく視線を外した。そのまま「一度、屋上の確認へ行ってまいります」と告げる。
立ち去ろうとしたステファンに、ガウェインはすかさず手を伸ばしてその手を取って、にやりと笑った。
「さっきのたとえは、なかなか臨場感があってわかりやすかった。やっぱりお前は頼りになるな」
「なんですか、取ってつけたように褒めなくても」
呆れたように言って、ステファンは手を払う。
そして「それでは」と行ってその場を後にした。
それまで黙っていたアルシアは、ふっと息を吐きだすと、満面の笑みで告げた。
「あ~、お腹空いちゃった。もう待てないから食事にしましょうか。あなたも遠路はるばるご苦労さま。まずはたくさん食べましょう。それがいいわ」
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