喫茶aveで、会いましょう

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 深く深く会釈してから、ひやりとする扉のノブに触れる。店主の笑顔に自然と笑顔で返せたことに、自分で驚いたし嬉しく思った。  ふと、店主の奥に見える店内に、誰もいないと気づく。先程まで客が座っていたはずの席は、どれも伽藍堂だった。ドアベルの音は、ずっとしなかったはずなのに。  ――もしかしたら、彼らも「思い出」たちだったのだろうか。  ドアベルの音を聞きながら、重たい扉を開ける。  彼女は、結末のなかった僕の物語も、ちゃんと終わらせてくれた。僕らの待ち合わせと、長く長く拗らせた僕の片思いも、永遠に終わった。  今こんなに苦しくて、淋しくて、哀しくても、僕はきっとそれらを抱きしめながら前に進むことが出来る。    喫茶ave(アヴェ)。  世界にふたつとない、生きる者にも喪われた者たちにも優しい、美しい店だった。僕が前向きに生きていく限り、もう二度とあの店やこの街を、訪れることはないだろう。  でも、もし僕がいろんな物語を刻みながら人生を終えて、温もりを持つ"思い出"になったとき。あの店がまだあるのなら、僕は、きっと。    目を閉じれば、店内でかかる小さなジャズの音がいつまでも、いつまでも、リフレインしていた。
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