喫茶aveで、会いましょう

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彼女とはじめて話したのは、大学生の時だった。周りは青春の残り火を謳歌していたけれど、その喧騒から離れて図書室やカフェテリアで自分が持ち込んだ小説を読んでいる、「自他ともに認める本の虫」。そういう、僕たちは割と稀有な人種だった。本から顔を上げたとき視界のどこかでたまたま彼女も読書していることが多くて、自分と似た人がいるなあという認識から始まり、いくつかの偶然を重ねて、僕たちは友人となった。  時間が合えば、近くに座って本を読む、おすすめの本を紹介しあって交換する、読了後には必ず感想を伝える。そんな些細で静謐な交流が、とてつもなく大切なものになっていた。  彼女が本を読んでいるとき、芸術作品のように僕たちの間に横たわる、しんと静まり返る空気が好きだった。それを壊すことは僕自身が許せなくて、ようやく自覚し始めた恋心は、いつもいつも(ページ)の奥に挟んで隠した。この時間さえ続くならそれでいいと、あの時は心底そう思っていたのだ。  社会人になってからも、僕たちの「ただ横で本を読む」という交流は数年続いた。  すっかり大人になってから痛感したのだ。「たったこれだけ」を大切に思える、大切にしたいと思える関係というのは、ひどく得難(えがた)くて尊いものだということを。だから余計に、僕は自分のこころの熱を持つ一ヵ所だけを、見ないようにしていた。  自分と彼女の取るに足らない、静謐で優しい物語。まさかあんなにも唐突に、続きが読めなくなるのだと思わなかったのだ。  いつものように待ち合わせた休日のカフェに、その日彼女は来なかった。LINEの応答もなく不安に思いながら過ごした数日後、返事がきて。  スマホに飛びついて確認した通知。彼女のいつものアイコンなのに、いつもと全く違う文体。  ”自分は彼女の妹”だと名乗ってから、 【姉は事故で亡くなりました。本日通夜があります。もしよければ、いらしてください】   そう、書かれていた。
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