喫茶aveで、会いましょう

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「ひさしぶり」  そう言って顔に落ちる髪の毛を耳にかけながら、僕の目の前の椅子を引いて、彼女は腰かけた。  10年前嫌というほど目に焼き付いた、彼女の葬式に飾られていた遺影と、全く同じ笑顔で。  どうしようもなく怪しくて、胡散臭い話だった。  でも、『死んだ人に会える喫茶店がある』という噂話をたまたま耳にしたとき、こころに湧いたのは猜疑心よりも追慕だった。だからその喫茶店の名前と住所を探してみようかとスマホの検索画面をひらいたときにはもう、「此処へ行ってみよう」と、こころは決まっていたのだ。  酷く難航した調査の末にたどり着いた『ave(アヴェ)』と言う名の店は、カフェと言うよりまさしく喫茶店という佇まいだ。自分の住まいから少し離れた地方都市の、大通りから一本奥まった道で。こげ茶色の煉瓦と、壁を這うアイビーに囲まれながら、重たそうな扉がこちらをじっと見ている。その扉に嵌まる硝子に書かれた白い『ave』の文字を見ていると、ほんとうに存在したという喜びと、「あんな噂があてになるはずがない」という自分への呆れで、胸がざわざわとした。  正午を少し過ぎて微睡む秋の陽光のなか、僕はその扉をくぐった。
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