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 電車を乗り継いで、辿り着いた住宅街を一人歩く。歩を進めるにつれて、潮の匂いが濃くなっていく。  もうすぐ、もうすぐ。海に着けば会えるかもしれない――そんな焦燥と期待を抱えながら、ひたすらに足を動かす。淡い色の春空の下、やわらかな日差しに照らされる道。アスファルトに移る影は、海の方角へと伸びていく。  道をずっと行くうちに、あたりの景色が開けてきた。少し勾配のある坂を登って、登って。見えてきたのは一面の青色。  思わず声を上げてしまいそうになる。空の青を吸い込んだような青い海が、そこには佇んでいた。波打ち際、白い砂浜も見える。私はそこを目指して、また歩き出す。  道路を一つ渡ると、やっと砂浜へ降りる階段が見つかった。潮風を受けながら、タッタカとその石段を駆け下りる。  海を見る。一面の青。空と繋がっているかのような、水色に近い青色。ザッパーンと音を立てながら、打ち寄せる白波。時折それが運んでくる海藻の緑。  鮮やかな景色に思わず目を細める。寄せる波から目をそらした私の視界に、ふと映る人影。それが誰なのか気付いた私は、考えるより先に足を動かしていた。  浜辺の細かい砂が、靴の隙間から入り込んてくる。でもそんなの、構わない。私は必死に走る。足を動かす。   「わかなー!」  私が名前を呼ぶと、ワンピースを着た彼女は、夏の陽に照らされながらゆっくりとこちらを向く。もう一度、名前を。 「若菜ー! 元気だったー?」 「いろりー! もちろん元気だったよー!」  彼女が私の名を呼ぶのも聞き取れた。  走って若菜のもとへ辿り着いた私は、汗を拭いながら笑いかける。久しぶりに会う友人は、何も変わっていなかった。 「若菜、もう、心配したよ。海外留学して、それでケータイ失くしたんだって? 連絡取れなくなっちゃって」 「あは、そうなんだよね。ごめんごめん、一応、実家には電話で連絡はしておいたんだけど」  そう、私の友人である若菜は留学先のイギリスから帰ってきたばかり。だけど実は、数ヶ月前に若菜が携帯電話を失くし、私たちは全く連絡を取り合えていなかったのだった。  若菜の家族から聞いた私への伝言は「海で会おう」という漠然としたもの。 「ごめんごめん、実家と電話するのに公衆電話使ってたんだけど小銭切らしちゃって。最後、いろりへ伝言するときに全然残り時間なくてさ」  若菜が謝る。その後すぐに「でも」と笑った。 「いろりなら、海って言ったらここだって分かってくれる気がして」 「何よそれ、私もこの砂浜で間違っていないか、めちゃくちゃ自信無かったんだから」  それでも、電車に乗ってこの町に来たのは友人の言う「海」がここだって分かったからだ。高校時代、同じ部活に所属していた私と若菜は、よく一緒に過ごしていた。たまに少し遠出して、この砂浜に行って。ずっと波が打ち寄せる様子を見ながら、だらだらと喋っていたこともあったっけ。 「……会えて良かった」  私はぽつりと、そう呟いた。  若菜も言う。 「うん、わたしも」  あんな拙い伝言で、約束の場所をわかってくれる友達がいて。 「よかったよ。ありがと、いろり」 「うん」  私は頷いて、懐かしい友人に笑いかけた。 「若菜、改めておかえり。そして久しぶり!」  波の音が静かに響く砂浜で、再び会えた私たち。二人の影を、春の陽があたたかく照らし出していた。 (了)
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