それは日常よくある風景

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「あの……」 「あの……」  声が重なり、お互いあっと口ごもる。 「どうぞ……」 「野々海さんからどうぞ……」  どうぞどうぞとお互い譲り合ってばかりで埒が明かない。とうとう優里がじゃあ……と話し始めた。 「……えっと……課のさかい主任にお子さんが生まれるんですが……」 「えっ!? さかい、結婚したんですか!?」  山川は心底驚いたように高い声を上げる。優里は小首を(かし)げながら、質問に答えた。 「え? はい。1年くらい前だったかな……」 「さかいの奴、そんな事一言も……さっきも会ったばかりなのに」 「えっ? 会ったんですか?」  今度は優里がびっくりしたような顔で聞き返した。 「ええ、ついさっき」 「そう……ですか…………えっと……それで、お祝い何しようかって、皆で盛り上がってるんですよ」    山川は感心したように何度も頷く。 「へぇ……そうなんですか。野々海さんもお祝いに参加するんですか?」 「え? もちろんです。私だけ参加しないわけには……それに、さかい主任にはお世話になってますし」 「野々海さん、優しいですね。僕こそ参加しないわけにはいかないな。なんで誰も教えてくれなかったんだろ……」  少し不満そうに口を尖らせた山川の携帯が鳴った。山川は画面を見て、チラリと優里に視線を移す。サンドイッチの最後の一切れを口に投入し、もぐもぐしていた優里は左手で口を覆いながら、どうぞ……と右手でジェスチャーをした。山川は軽く頭を下げると声を落とし、電話に出る。 「はい、山川です。お世話になってます……はい、では確認して後ほどご連絡します」  電話を切り、コーヒーを一口すする山川。優里はホットサンドをゴクンと飲み込んだ。 「えっと……山川さん? 仕事の電話ですか?」 「あ、ああ……まぁ……急ぎじゃないですけど……」  まだ、たっぷり入っているコーヒーを見ながら、山川は苦笑いを浮かべる。 「コーヒーを一気に飲むのは苦手でして……」 「そうなんですか? ここ、社員証を呈示すれば、カップをオフィスに持っていけますよ? カップは夜までに返却すればOKですし」 「えっ!? 知りませんでした。そんなサービスしてるんですね。ありがとうございます。コーヒーはオフィスに持っていきます。では、お互い午後も仕事を頑張りましょう」 「はい、頑張りましょう」  山川はマグカップを持ち、立ち上がった。では……と片手を上げ、去っていく山川の後姿を見ながら、優里は残りのアイスコーヒーをチビリチビリと飲む。  そして、2人は示し合わせたのかと思うほど、同時に首を傾げた。
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