山川 航 視点

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「お久しぶりです!」  ここ最近、僕が1番耳にする言葉だ。顔を上げると笑顔の可愛らしい女性。僕は彼女を見て動きが止まる。  …………  …………  …………誰?  明るく声を掛けてくれた女性に「どちら様?」なんて聞く勇気もなく、彼女の胸元でブラブラ揺れている社員証に目を移す。 『野々(のの)(うみ)優里(ゆうり)』  …………知らん。  脳をフル回転させたが、顔にも名前にも全く記憶がない。しかし、彼女の笑顔は間違いなく僕と面識があると語っている。  思い出すかもしれないし……ひとまず話を合わせておくか。 「……ああ、久しぶりです…………えっと、野々(のの)(うみ)さん?」 「すみません、読書中に。あの……空いてたら、ここ良いですか?」  彼女はおずおずとむかいの椅子を指した。 「どうぞ」 「ありがとうございます」  ペコリと野々海さんは頭を下げ、ランチの乗ったトレーをテーブルに置いた。 「お元気でしたか?」 「あ、はい。野々海さんは?」 「はい、おかげさまで。日本(こっち)は温かいですね」  日本(こっち)は? 日本(こっち)はって言った? ということはアメリカの支社で一緒だったとか……? 「…………そうですね。温かいです」  僕はニコリと笑顔を作る。  アメリカにいたっけ……? 思い出せない…… 「あ、お会いしたらお礼、言いたかったんです」 「お礼?」 「はい。相談した時、泊めて頂いてありがとうございました」 「ぶふっ……」  野々海さんの爆弾発言で僕はコーヒーを口から吹き出しそうになった。  と、と、泊めたぁ!? 嘘だろ? なのに記憶がない? そんなアホなっ!! 「実は嬉しかったんです。だ、大丈夫ですか!?」  むせて、ゴホゴホ咳き込む僕を心配してくれてる彼女には悪いけど……衝撃すぎて倒れそうだよ…… 「だ、大丈夫です……嬉しかったんだ……」  思わず僕はボソリと呟いてしまった。  嬉しかった……って事は彼女は僕の事が好きだとか……? なのに僕は記憶にない。えっ? 僕、酷くない!? 「はい! もちろん。あー、お腹ペコペコ」  野々海さんは何でもない事の様に本日のBセット、チーズとベーコンのホットサンドを両手で持ち、パクンと食べる。どっと疲れに襲われた僕は小さく溜息をつきながら、なんとなくメガネを外して机に置いた。  彼女のあっけらかんとした様子から察するに、お互い一夜限りと割り切っていたのか? もう蒸し返さない方が良さそうだよな……うん。しかし……一夜を共にした女性を忘れるって最低の男じゃないか……  自分の非道さ加減に落ち込んでいると、驚くほどホットサンドが美味しかったのか、彼女の目が大きく見開き、ホットサンドを口から離した。そして、勢いよくアイスコーヒーを飲み始め、半分くらいになったコップをトンとテーブルに置くと、目を泳がせながらふぅぅと息を吐く。  心なしか野々海さんの元気がなくなったように見えた。
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