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「あの……」
「あの……」
僕と野々海さんの声が重なる。
「どうぞ……」
「野々海さんからどうぞ……」
「じゃあ……えっと……課の堺主任にお子さんが生まれるんですが……」
「えっ!? 堺、結婚したんですか!?」
堺海斗。僕の同期である。
堺、結婚したのか? まじかよ。
「え? はい。1年くらい前だったかな……」
彼女はえーとと記憶を手繰るように話した。
「堺の奴、そんな事一言も……さっきも会ったばかりなのに」
「えっ? 会ったんですか?」
「ええ、ついさっき」
「そう……ですか…………えっと……それで、お祝い何しようかって、皆で盛り上がってるんですよ」
堺はうちの課の主任だけど……彼女は以前うちの課にいたのか? そして、アメリカにもいたと……うーむ、記憶にございません……
「へぇ……そうなんですか。野々海さんもお祝いに参加するんですか?」
「え? もちろんです。私だけ参加しないわけには……それに、堺主任にはお世話になってますし」
元いた課の主任のお祝いに参加するなんて、義理堅い。堺もこんなに慕われたら上司として本望だよなぁ。
「野々海さんは優しいですね。僕こそ参加しないわけにはいかないな。なんで誰も教えてくれなかったんだろ……」
仲間外れにされた気分になってしまい、大人げなくブツブツ言っていたら、携帯が鳴った。携帯の画面を見ると取引先の課長の名が表示されている。
昼時に電話してくんなよぉ。
野々海さんがどうぞとジェスチャーをしたので、少し声を落として電話に出た。
「はい、山川です」
『ああ、山川さん? 東です』
「お世話になってます」
『頼みたい事があって、今日、夕方ぐらいに来てくれませんかね?』
「はい、では確認して後ほどご連絡します」
東さんは相変わらず人使い荒いな。
電話を切った後、心の中で舌打ちする。
「えっと……山川さん? 仕事の電話ですか?」
「あ、ああ……まぁ……急ぎじゃないですけど……」
まだたっぷり入っているコーヒーに目をやり、やっぱりLLはやり過ぎた……と後悔をした。
「コーヒーを一気に飲むのは苦手でして……」
コーヒー、めちゃくちゃ好きなんだけど、胃にくるんだよな。なのにLL頼むとか……僕はアホか。
「そうなんですか? ここ、社員証を呈示すれば、カップをオフィスに持っていけますよ? カップは夜までに返却すればOKですし」
「えっ!? そうなんですか? そんなサービスしてるんですね。ありがとうございます。コーヒーはオフィスに持っていきます。では、お互い午後も仕事を頑張りましょう」
「はい、頑張りましょう」
僕はマグカップを持ち、立ち上がった。
「では……」
野々海さんに右手を上げると、彼女はニコリと小さく頭を下げた。
僕は歩きながら思う。
……んで、一夜を共にしたであろう彼女は、一体全体誰だったんだろうか?
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