野々海 優里 視点

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「あの……」 「あの……」 「どうぞ……」 「野々海さんからどうぞ……」  ああ、やっぱり私の名前、知ってる……うわぁ、この人の名前、わかんないよぉ。 「……えっと……課の坂井主任にお子さんが生まれるんですが……」 「えっ!? 坂井、結婚したんですか!?」  坂井主任を知ってる……? やっぱり今の課から異動した人? 「え? はい。1年くらい前だったかな……」 「坂井の奴、そんな事一言も……さっきも会ったばかりなのに」 「えっ? 会ったんですか?」  会ったのに妊娠に気づかなかった? 主任、結構お腹大きくなっていたけど。まぁ、男性は気がつかないものなのかな…… 「ええ、ついさっき」 「そう……ですか…………えっと……それで、お祝い何しようかって、課で盛り上がってるんですよ」 「へぇ……そうなんですか。野々海さんもお祝いに参加するんですか?」 「え? もちろんです。私だけ参加しないわけには……それに、坂井主任にはお世話になってますし」 「野々海さん、優しいですね。僕の方こそ参加しないわけにはいかないな。なんで誰も教えてくれなかったんだろ…………」  いや、異動した人にはわざわざ連絡はしないと思うけど……義理堅い人だな。  不満そうに口を尖らせた男性の携帯が鳴った。サンドイッチの最後の一切れを口に入れた私は、どうぞ……と右手でジェスチャーをする。 「はい、山川です。お世話になってます……はい、では確認して後ほどご連絡します」  山川さんっていうのかぁ…………うん、全く記憶にないぞ。 「えっと……山川さん? 仕事の電話ですか?」 「あ、ああ……まぁ……急ぎじゃないですけど……」  たっぷり入っているコーヒーを見ながら、山川さんは苦笑いを浮かべた。 「コーヒーを一気に飲むのは苦手でして……」 「そうなんですか? ここ、社員証を呈示すれば、カップをオフィスに持っていけますよ? カップは夜までに返却すればOKですし」 「えっ? 知りませんでした。そんなサービスしてるんですね。ありがとうございます。コーヒーはオフィスに持っていきます。では、お互い午後も仕事を頑張りましょう」 「はい、頑張りましょう」  では……と片手を上げ、去っていく山川さんの後姿を見ながら、残ったアイスコーヒーに手を伸ばした。  私は飲みながら思う。  ……んで、久しぶりに会ったであろう彼は、一体全体誰だったんだろう。
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