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それは日常よくある風景
ピンクに染め上げていた木々たちが生命力溢れるグリーンへと移り変わる季節。
穏やかな陽射しが零れる昼下がり。ここ丸同商事株式会社本社ビル1F、カフェテリア「ビエンベニード」では日常的に見かけるごく普通の会話が為されていた。
「お久しぶりです!」
ベージュの薄手セーターにスモーキーピンクのフレアスカートという可愛らしい服を着た野々海優里は、カフェテリアの窓際に座っているスーツ姿の山川航に元気よく声を掛けた。
コーヒーを片手に本を読んでいた山川は手元から目を離し、優里の顔をふっと見上げる。眉が一瞬微かに上がり、視線を顔から胸元へ落とした。
「……ああ、久しぶりです…………えっと、野々海さん?」
「すみません、読書中に。あの……空いてたら、ここ良いですか?」
優里は山川の向いの椅子を指す。山川は顔を上げ、少し混雑してきた店内をくるりと見渡し、ニコリと笑った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げ、ランチセットが乗ったトレーをテーブルに置いた。椅子に座り、お手拭きの入ったビニールを縦に裂くと丁寧に手を拭く。白い湯気が立ち昇るコーヒーの入ったオレンジのマグカップと優里のランチをのせた緑のトレーで、2人掛けのテーブルは賑やかな様子を見せていた。
「お元気でしたか?」
「あ、はい。野々海さんは?」
「はい、おかげさまで。こっちは温かいですね」
「…………そうですね。温かいです」
セルフサービスで紙コップに注いだ水を一口コクンと飲み、優里は口を開く。
「あ、お会いしたらお礼、言いたかったんです」
「お礼?」
山川は訝しげな声を出した。
「はい。相談した時、とめて頂いてありがとうございました」
「ぶふっ……」
飲んでいたコーヒーが気管に入ってしまったのか、口元を押さえた山川はゴホゴホと咳を何度も繰り返す。
「実は嬉しかったんです。だ、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です……嬉しかったんだ……」
「はい! もちろん。あー、お腹ペコペコ」
山川の呟きに優里は屈託なく笑った後、いただきます……と本日のサンドイッチBセット、チーズとベーコンのホットサンドを両手で持つ。咳が治まった山川はふぅぅと息を吐きながらメガネを外し、机に置いた。
口を大きく開け、パクンと音が聞こえそうなほど美味しそうにホットサンドをかじった優里の目が急に大きく見開く。慌てた様子でホットサンドを皿に置くとアイスコーヒーをゴクゴクゴクと勢いよく飲んだ。
「……喉に詰まりましたか? 大丈夫?」
優里の突発的な行動に山川は眉を下げた。大丈夫です……と優里は腱鞘炎になるんじゃないかと心配になるくらいのスピードで左の手のひらを左右に振る。
暫し沈黙の時が流れた後、2人同時に顔を上げた。
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