お前とてめー

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「ふー 疲れた」  10年ぶりに兄が実家に帰ってきた。ただいまもごめんなさいも言わないもんだから当然、父は機嫌が悪い。 「どなたか知りませんけど、他人の家にあがる時は、インターホンくらい押してくれませんかね? 不法侵入ですか?」  そんでもって、父は父でまた嫌味なことを言う。 本当は思ってないくせに。子が子なら父も父だ。  そう言われた兄も、負けじと喧嘩腰で話す。 「てめーの家でもないだろ。毎月自分で、稼げるようになってから言えよ」  漫画家志望だった父は、45歳のときにようやく自分に才能がないことに気づいたのだが、20歳のときから漫画ばっかり書いて、バイトすらしたことなかったから、週5日、毎日8時間働くことができなかったのだ。  バイトもたまにするのだが、どれも長続きしない。1度だけ少年誌の新人賞で佳作を取ったというプライドがあるためか、職場の先輩に少し注意されただけで喧嘩になってしまい、すぐに辞めて帰ってくる。最近は、バイトどころか面接の段階で喧嘩になって帰って来ることがある。  父が働かなくとも、僕自身、物欲がないので、父と私の2人くらいが生活するお金なら、私ひとりの稼ぎだけで十分やっていける。兄の言う通り、父はお金を使う一方で、全くといって稼いでいない。 「疲れてたのに、てめーのせいでもっと疲れたじゃねーかよ」 「お前、親に向かってなんて態度だ!」 「は? てめーと俺は他人じゃねーのかよ?」 「自分の言ったことすぐに忘れやがって。バカなんじゃねーの。」 「おい、バカとはなんだバカとは。俺がいなかったら、お前は生まれてないんだからな」 「てめーひとりいた所で、俺は生まれてねーよ。それに、俺はてめーからは、生まれてねーからな」 「まあまあ、ふたりとも落ち着いて。久しぶりにこうして家族3人揃ったんだから喧嘩しないの」 「久しぶりに帰ってきたけど、こいつは俺のこと全く歓迎していないみたいだけどな。歓迎どころか、他人扱いされたんだぞ」 「お前みたい勝手に都会行って、仕送りもせずに好き勝手生きてるようなヤツを、誰が歓迎できるっていうんだ。お前なんか一生帰ってこなくてよかったのに」 「何だと!」 「……違うよ。父さんはずっと、兄ちゃんが帰って来るのを待ってたんだよ。うずまきプリンのチョコレート味といちご味、この2つだけは絶対冷蔵庫にずっと入ってた。兄ちゃんがいつ帰ってきてもいいようにって」  うずまきプリンのチョコレート味といちご味は、兄の大好物のスイーツだ。そのスイーツを毎日賞味期限を確認して、古くなったものは自分で食べ、新しいものをまた買ってくるというのを繰り返していた。兄がいつ帰ってきてもいいようにと、父なりに準備していたのだろう。 「あれは、俺が食べたかったから買ってただけだ。勘違いするんじゃない」 「噓だよね。父さん昔から甘いもの食べなかったじゃん。特にチョコレート味なんて絶対食べなかった。兄ちゃんも、覚えてるでしょ」 「覚えてねーよ。こいつが何食べてたなんか興味ねーよ。大体さ、うずまきプリン代もどうせ、たかしの金だろ。こういう話は自分の金で買うから感動する話だろ。てめーの金で買ってねーのに、カッコつけんなよ」  兄は面倒くさそうに、左手で鼻を触りながら言う。 「もう、分かった分かった。ごめん、僕が余計なこと言ったね。とりあえず、2人とも落ち着いて。一旦辞めようよ」  そう言って辞めさせたものの、2人の喧嘩が見れたことは嬉しかった。2人の喧嘩は懐かしい思い出だったから。2人の喧嘩で懐かしさを感じていた。  うちは、僕が15歳、兄が17歳のときに母さんが家を出ていった。働かないくせに態度だけは1人前の父に愛想尽かしたのだ。一応、祖父の遺産で僕ら3人はなんとか生活することはできていたが、2人が喧嘩するようになったのは、この頃くらいからだ。 「なんで、てめーだけ鮭食ってんだよ」 「うるせぇ。お前には目玉焼きがあるだろ。それぞれおかずは1品だ、文句言わずに黙って食え」 「は? なんで目玉焼きと鮭が同じもので計算されてるんだよ。お前おかず計算式でいえば鮭は5で目玉焼きは2だろうが!」 「兄ちゃん、僕の目玉焼きあげるから。それで我慢してよ」 「そういう問題じゃねーよ。それにたかしは勉強とか部活とか忙しいから、しっかり食べないとだめだろ。俺は家にいて何もしないこいつが鮭食べてるのが気に入らないんだよ」 「おいてめー、今日はクリスマスなんだからケーキくらい買ってこいよ」 「あ? 俺は甘いもの食べねーんだよ。チョコレートとかいちごとか食べる気がしねーんだよ」 「てめーの好みは聞いてねーよ。今日はクリスマスだろうがって言ってんだよ。知らねーのかバカ」  口を開けばすぐに2人は喧嘩。どちらかが寝込んだとき以外は、ずっと喧嘩していた。  それから、兄は高校卒業と同時に都会に行くことになったけれど、そのことも当日になって急に言い出すもんだから、父は相当怒った。 「何しにいくんだ? 勝手なことやりやがって」 「別になんだっていいだろ? てめーに迷惑はかけねーよ」  都会に行って何をするのか、どうするかつもりなのかも言わずに家を飛び出した兄。  それから2年後、兄からようやく手紙が届いた。   その手紙で、ようやく兄が出版社に勤め編集の仕事をしていることを知った。  父へのあてつけか、父のリベンジかは分からないけれど、兄が編集の仕事を選ぶとは思わなかった。兄はどちらかというと、体をたくさん動かす系の仕事を選ぶと思っていたもんだから。 「それにしても、なんで兄ちゃん急に帰ってきたの? 10年間ずっと帰ってこなかったのになんでまた急に?」 「ふん。どーせお前のことだから金がなくなったか女に逃げられたかのどっちかだろ」 「あ? てめーと一緒にすんじゃねーよ。金がねーのも女に逃げられたのも、てめーの話じゃねーか」 「別に、大した理由はねーよ。気にすんな。俺は久しぶりに弟の顔を見ようと思っただけだよ」   「兄ちゃん、嘘付いてるでしょ?」 「本当はどうしたの?」  兄は嘘を付く時や逆のことを言うとき、左手で鼻を触る。だから、今回もそれなりの理由があるはずだ。 「……編集長を殴って、長期の謹慎になった」 「あっはっは。バカだなお前は」 「笑ってんじゃねーよ」 「理由は? 兄ちゃんが人を殴るなんて余程のことがないとしないよね?」  僕の記憶の中では、兄に殴られたことは1度もない。父のことも、口では色んなことを言いながらも、兄は殴るようなことはしなかった。 「理由なんか忘れたよ。気づいたら手が出てただけだ」   兄がまた、左手で鼻を触る。 「理由なんて別に、何でもいいじゃねーか。たかしには関係ないだろ?」 「関係なくない。僕は、兄ちゃんの弟だよ。兄ちゃんのこと知る権利、いや義務がある」 「一応、ここの家賃、今は僕が払っているんだから、言わないなら今すぐに出ていってもらうよ」 「分かったよ。言うよ」 「別によくある話だけどよ。うちが募集した新人賞で佳作を取った子が原稿を持ってすぐにでも連載して欲しいなんて無理なお願いをしにきたんだけど、編集長が『佳作程度で喜んでるような勘違いしているヤツの話を真剣に聞く必要なんてない。テキトーにあしらっとけ』なんて言うもんだから、つい手が出ちまった」 「……兄ちゃん、それって」 「ちげーよ。別にこいつのためじゃねーよ。佳作を取ったヤツのことを考えたら、ムカついただけだよ。編集的には、おまけ程度で付けた佳作だったらしいけど、受賞した方からすれば大切な大切な佳作だろ。佳作だとしても十分喜ぶのが普通だ」 「ふふふふふ」 「だから、こいつのためじゃねーって」 「いや、親子だなって思って。父さんもすぐに人を殴ってバイトクビになるからさ。人を殴ることはよくないことだけれどさ、殴らないと気が済まないくらい許せないことってあるよなと思って。普通の人は、それでも殴らないんだけど」 「こいつの嫌なところが似てしまったな。母さん似なら、もっと優しい人間になれたのに。こいつのせいで俺は」    「もう、そんなこと言わないのよ。素直じゃないんだから」  相変わらず口を開けば相手に喧嘩を吹っかける2人。仲がいいのか、悪いのか。 「で、お前はいつまでいるつもりだ?」 「心配すんな、1週間もしたら帰る。そんなに俺に早く帰って欲しいか?」 「……いや、せっかくだから、お前がいる間に、久しぶりにうなぎでも食べに行きたいと思ってな」 「うなぎ? いいじゃんいいじゃん。父さんも兄ちゃんも大好きだよね」  正直に言うと僕はあんまり好きではないけれど、2人の大好物だから、構わない。それにしても2人は、共通点が多いな。 「うなぎって、どうせお前は、一銭も出さねーんだろうが。カッコつけてんじゃねーよ」 「大丈夫、僕が出すよ。先週ボーナス貰ったから、3人分くらいなら出せるよ」 「いいよ。俺が出すよ。こいつの分出すのは気に入らないが、しかたねーよ。弟に出させるほど俺は落ちぶれていない」 「さすが兄ちゃん。甘えさせていただきます」  善は急げ  うなぎをきっかけに仲良くなるかなと思ってうなぎを食べに行こうと思ったが、残念ながら、今日は水曜日だった。 「さっそく今日にでもって思ったけどダメだった。ごめん今日は水曜日だ。あのうなぎ屋さん水曜日と金曜日が休みだもんね」 「仕方ないけど、じゃあ今日は、家で食べようか? 兄ちゃん何食べたい? できる範囲内で、リクエストに答えるよ」 「……なら、カレーがいいな」 「カレー? あーごめん。僕、カレー作れないや」 「えー 俺はカレーの気分なんだけど」 「ごめん。本当にごめん、他のもので何かないかな?」 「カレーが頭に浮かんじゃったから、それ以外なんてすぐに思いつかねーわ」 「……なら、俺が作ってやろうか?」   「てめーがカレーなんか作れるのか?」 「作れるに決まってるだろ。お前と一緒にするな」 「いいね。父さんの作るカレー久しぶりに食べたい。カレーだけは、母さんが作るよりも父さんが作る方が美味しかったもんね」 「今日は父さんにカレーを作ってもらうけど、兄ちゃんもそれでいい?」 「ああ。俺はカレーが食べられるなら何でもいい」 「しかたねーな。お前のためにとびっきり美味しいカレーを作ってやるか」 「てめー ちゃんと、手洗って作れよ!」 「お前に言われなくても分かってるわ!」  兄が本当にカレーが食べたかっただけなのか、それとも父の得意料理かカレーだと分かっていてわざとカレーと言ったのかは分からない。ちなみ僕がカレーが作れないって言うのは噓だ。父は覚えていないだろうが、僕は年に1回はカレーを作っている。   「食材は、冷蔵庫の中にあるものテキトーに使って。たぶん大丈夫だと思うけれど、足りないものあったら僕が買ってくるから言って」 「大丈夫。あるものだけで作るのが一流の料理人の仕事だ」 「うるせーよ。カッコつけんな三流漫画家がよ」  ――久しぶりの家族3人のご飯。  今夜は、特に楽しい夜になりそうだなと思った。
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