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たてよこに行儀よく列をなす机。濃いグレーの金属パイプで作られた椅子に、たくさんの子供たちが腰かけている。小さな瞳の先には黒板。
教室だわ。由香、小学生になったのね。机のよこにぶらさがるランドセルの赤が目にしみた。
男の子がまっすぐに立って教科書の音読を始めた。由香も両手で広げたページの文字を、目でなぞっている。
もう、がまんができなかった。黙々と絵本を読んでいた姿と重なり、あとからあとから涙がまぶたを満たしていく。
絵なんかほんの少しで、文字ばかりの教科書を、投げだしもせずに身を入れて読んでいる。由香はきちんと成長している。わたしが泣いてどうするの。
「しっかりしなきゃ」
自分で自分に言い聞かせたところで、読んでいた男の子が座った。先生が、「次は」とつぶやきながら、ゆっくりと生徒たちをながめる。
あてられはしまいかと気になるのか。由香は教科書から目を離し、せわしなく頭を動かした。
どうしたの、きょろきょろして。ちゃんと勉強に集中しようね。
あちらこちらへと視線を送ってから、おかしいなとでも言うように、小さく頭をかたむけた。ずいぶんとお姉ちゃんっぽいふるまいだ。
と思ったとたん、大きなふるえがわたしを襲った。
まさか、わたしの言ったことを気にしてるんじゃ……。
わたしは車の中で、「もうお姉ちゃんだよね」と叱りつけた。母親の残した最後の言葉を守ろうと、大人びたふるまいをしているのだとしたら。
どうしよう。そんなことしなくていい。子供らしくはしゃいで。
そう伝えたいのに、わたしにできることは、なにひとつない。ごめんなさい、役に立たない母親で。
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