再会

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再会

 住み慣れた家からの引っ越しも終わり、詰まれた段ボールの荷解きを終える。  今日からこの広くもなく狭くもない2DKの一室が、俺の城へと姿を変えていく。  これからは気ままな野郎独り暮らしになるから、荷物は最小限にまで減らしてあった。日用品、家財道具、パソコンとシングルベッド、座卓一式。あらかた荷物を出し終えても殺風景なその部屋には、コルク栓で蓋をした一本の古いガラス瓶が妙に浮いて見えた。  修学旅行の帰り、船上から釣道具で拾い上げたそれをまだ捨てられずにいて、とうとうここまで持ってきてしまった。中には紙切れ一枚と、謎の細い鎖が一本。ご丁寧に蜜蠟で固めてあった栓を抜いて、中身を取り出した時のあの妙な緊張感を今でも憶えている。それからはカノジョに──今は元・嫁になったあの人に捨てられないよう、必死で護り抜いてきた。  別れは実に呆気なく、唐突にやってくるものだ。二回目の経験ともなると、自分のダメージがそう深くはないものなのだと遅れて気付く。むしろこれで良かったのかもしれないとまで思えるようになった。予定合わせとか機嫌を伺ったりとか、あれこれ悩まなくて済むから。  拾い上げたボトルメールを開封して、瓶を逆さにして出てきた紙は湿気で文字が滲み、とてもじゃないが読めたものではなかった。かろうじて誰かが書いた手紙で、どうやらその誰かは俺と同じ名前の誰かに惚れているらしい。一体何処の誰だか分からないが、俺なんぞに拾われてさぞかし悔しい思いをしただろう。あんたの想いは別の方法で伝えた方が確実だと、その手紙を見てから申し訳なくなったのも忘れられない思い出だ。同封されていた鎖はなんとなく気に入って、錆び付いた金具を取り換え今は左腕に通している。  あの頃の俺はボトルメールに想いを託すなんて浪漫のある奴が、まだこの世にいるのだと舞い上がっていた。おまけに宛先は俺と同じ名前で、何となく運命めいたものを感じてしまう。今から十年以上も前だけど、このガラス瓶を手離した奴に出会えたら、この鎖を返してやろうかと密かに決めていた。『ボトルメール』『手紙』『解読』など膨大な検索候補を調べたものの、未だに収穫はない。差し出した相手が男なのか、女なのかさえも。 「…そう言えば、あの時」  俺の結婚式で高校の同級生から聞いた話をふと思い出し、脳裏に引っかかっていた針が外れる。修学旅行の帰り、奴は同じ学校の別の船から海に投げられる瓶を見たと言う。誰が投げたかまでは分からないけれど、案外本当に俺宛のボトルメールだったのではと揶揄われた。残りの会話後半は、酒に酔って覚えていない。  もしやと思いスマホを手にして、過去数百回と送ったメルアドへと数年ぶりに文字を叩き込んでいた。 【明日の夜、いつもの場所で】
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