37人が本棚に入れています
本棚に追加
追憶ー夏祭りー(R-18)
浴衣の着つけ。
誠人にそう言われただけで、あの日のことを鮮明に思い出してしまう。
『っ…!』
『深友、おまえはカッコいいし…綺麗だよ』
唐突に掛けられた言葉、衣擦れの音、胸元に感じる温度。高校一年の夏、僕たちはお祭りに行く約束をして、僕は初めて浴衣を着つけて貰うことになった。それがまさか、あんなことになるなんて…。
あの日の記憶は、忘れようとしても忘れられない出来事だ。
× × ×
それまでは男ものか女ものかどちらを着ればいいのか分からなくて、浴衣や着物は縁がないものだと思っていた。男ものを着るには胸元の脂肪が邪魔をして、派手な柄が多い女ものを着るのは嫌だった。僕は普段着でいるのが気楽だよと伝えたのに、練習で浴衣を一から仕立てたので試着してほしい、とまこに言われた時は正直迷った。
彼に呼ばれ、豪勢な門扉を潜ると古い日本家屋が佇んでいて、お手伝いさんらしき人から彼の部屋に通された。
誠人が何時の間にか僕のために仕立ててくれていた浴衣は、一見すると紺色の地味な浴衣だけど、縦縞に見える細かい模様は桜の花びらを模した刺繍だった。そんな柄の生地があるのだとは思わず、僕は思わず言葉を忘れて見蕩れていた。
「なんで、僕に…?」
「親友だからだよ。それに、おまえには絶対似合うと俺が見込んでるからな」
浴衣を着つけるだけじゃなくてわざわざ仕立ててくれて、その夏の先も着れるようにと丈を長めに作ってくれていた。練習用に仕立てたとは思えない、まこのその浴衣なら僕も着れる気がした。体型はさらしで補正できるからと、服を脱ぐように言われる。
誰かに自分の身体を晒すのは初めてのことで、まこならいいと思ったけれど不安の方が大きかった。初めて好きになった人に…自分の身体を見て、拒絶されるのが恐かった。
「…いい?ゆう」
「その代わり、驚かないで…いや、それは無理かな」
「ん?」
「僕の身体を見たら…後悔するかもよ」
我ながら意地の悪いことを言ったと思う。訝しがる誠人は少し震える指先で、僕のシャツのボタンを上から外して脱がせた。ズボンは自分で脱いで、下着だけの姿になる。下着は普通のボクサーパンツだから、まだマシだっただろう。
僕には生まれつき、生物学的なはっきりとした性別と言うものがなかったから。
「…おまえ…ずっと黙っていたの、この事か」
「そうだよ。だから…後悔、するかもって…」
「何言ってんだ、そうじゃねぇよ。…窮屈だっただろ」
僕が無理矢理潰して下着に仕舞い込んでいた胸元を撫でながら、悲痛な声で誠人が言った。壊れモノを扱うような手つきで下着を外されると、男の身体には本来不必要な乳房が露わになる。
僕の肉体は、性別がないと言うよりも混在してしまっている。
それは高校生になってから、遅れた二次性徴として顕著になった。喉仏が出なければ声変わりもまだ来ないし、胸元は大きくなるのに下半身は成長しない。髭も生えず、顔立ちも幼いまま。それでもずっと学ランを着続けて学校に行き、次第に自分でも目を逸らしたくなる身体を無理矢理補正した。メンズブラと言う都合のいい代物があって本当に良かったと思う。まだバストサイズはBだから、なんとか押し込めば収まるくらいだった。ホルモン剤による治療をはじめてはいるけれど、まだ効果は現れていない。
それなのに、目の前にいる呉服屋の一人息子は「綺麗だ」と言った。
「あまり押し込むと、ココだけじゃなくて脇や背中も痛めるから…すこし、触っていい…?」
「…いいよ。男同士なんだし、緊張しないでよ」
「うん」
実際僕の心臓は爆発しそうなくらいうるさく鳴っていた。誠人にその音が聞こえてしまうのではないかと思いながら息を潜め、触れられる度に変な声が出そうになるのを必死に我慢する。それはもう、敏感な場所を掠める指先に噛みつきたくなるくらいに。
「ん、柔らかい……本当に潰すのか?」
「っ…そりゃ、筋肉じゃないからな…もしかして、誠人も胸の大きい女の子がいいの?」
「どうなんだろ…女の子を好きになったこと、ないから」
「えっ?」
「実を言うと…いや、ここで言うのは恥ずかしいからやめとく…」
「僕だけ秘密を打ち明けるのはずるいだろ!」
「おまえの気を悪くするのが…恐いから」
もしかしたら、僕の知らない誠人を知ることができるのかも知れない。なんて、よく分からない期待をしていると誠人が急に前屈みになった。様子が変だと思っていたら、顔を真っ赤にして俯いている。必死に何かを抗っているような、そんな態度だった。
「どうしたの?」
「う…その……せ、せーり現象ってやつ…」
「…え…もしかして」
まさか。
なんとなく予想ができてしまい、僕は嬉しいような悲しいような、複雑な心境になった。それと同時にもっと誠人を知りたくなって、上半身裸のまま誠人に近づく。
誠人の肩に両手を置いて、今にも泣き出しそうな彼の耳元で「いいよ」とだけ呟いた。
「…ゆう…」
「たぶん、気持ち悪がられると思ってたから…ホッとしてる」
「んな訳あるかよ…何を言ってんだ。おまえは綺麗だし、カッコいいのは俺が一番知ってる」
「…僕の裸を見てもそう言える?」
「そんなの、お互い様…あっ…!馬鹿、」
「うわぁっ!」
バランスを崩した誠人の肩がそのまま後ろに倒れ、押し倒すような体制になってしまった。誠人の身体に覆い被さると腹部の辺りに何か硬いものを感じて、手でまさぐると誠人が低く唸る声が聞こえる。こんな身体の僕に、誰かが欲情するなんて想像したことなどなかった。
「…誠人」
「それ以上は言うな…おまえに嫌われたくない」
「ううん、なんて言うか、誠人も…年頃の男子なんだなって」
「ばかっ、よせよ…!それ、おまえ自身を傷つける言葉だぞ」
「いいんだ…それにどうせなら、誠人のぜんぶも見せてよ」
男同士だから、なんて言葉は言い訳でしかなかった。いっそこのまま、2人で溺れてもいいかなと思える。最初で最後の恋でしかないのだから。
×
深友が俺の着ている甚平の紐を緩め、上着を脱がせてウエストの紐をほどく。それ以上見られるのはヤバいと思ったけれど、彼の表情を見ていたら…自分もその先を知りたくて、震える手で奴の胸元をもう一度触った。綺麗なピンク色の先端は小さくて、指先でなぞると僅かに深友の表情が歪む。いいのか悪いのかは分からないけれど、嫌がってはいなかった。無理矢理押し込まれていたから見るからに痛そうな痕はついていたけれど、触られる事に抵抗はないようで少しホッとした。
屈んだ深友は俺の胸元にキスをして、平らなそこを手の平で撫でる。まるで羨望しているような、嫉妬しているような複雑な表情がとても…色っぽいな、と思ってしまった。
「…なぁ、深友…その、…き、キスとか…してみたいと思ったこと、ないか?」
「うん、僕は…まこならいいよ。でも…」
言い淀んだあと、深友が躊躇いがちに呟く。
「…本当にいいの?」
「うん…深友じゃないと、いやだ」
俺たちはまだ子供で、保健体育の授業でしか異性の身体を知らなかった。女でも男でもない、と言う深友の顔も、身体も、心もすべて大好きだったのに、性別と言う枠組みと年齢が邪魔をする。それでも初めて触れた深友の素肌と唇はとても柔らかくて、初めは軽く触れるだけだったのが次第に深くなる。求めるように夢中になって、頭の中がふわふわして、深友の首筋を唇で這うと荒い息遣いと共に可愛い声が聞こえた。そのまま鎖骨から胸元にキスをして、とてつもなく敏感な乳首を舌先で舐める。
「あっ…んん…今の聞かなかったことにしてくれ」
「やだ。ずっと聞いていたいから覚えとく」
「もうっ!誠人は意外にエッチなんだな…」
「そりゃあそうだろ」
好きな奴の裸に興奮しない方がおかしくないか。
「…どうしたの?顔真っ赤にして」
「やばい。それ、すごく気持ちいい」
深友の指先が、俺の一物を優しく握っている。
「ここ?うわ…すごいことになってる…ガチガチじゃん」
「っ、馬鹿、それ以上言うなって…やべっ…」
「まこ、かわいい」
深友の股下が俺の弱いとこに当たり、ぐりぐりと先端を刺激した。深友のソレはとても小さくて、それでも勃起してるのが下着越しに分かる。擦り合わせる度に水っぽい音がして、耳の奥からおかしくなりそうだった。頭の中のふわふわが弾け飛んで真っ白になる。
「はっ…ぁ…くっ」
「…んぅ…」
下着が湿っぽくなったのを素肌で感じ、全身から力が抜けると深友の顔が真っ赤になって、自分の穿いているボクサーパンツを確認した。
「はぁ…僕のも…汚れちゃってる…」
「俺ので良かったら新品の下着があるから、それ履けよ」
「うん…ありがと」
さっきのが所謂、「絶頂」って奴なんだろうかとぼんやり思いながら深友を見る。俺だけ気持ちよくなってる気がしたけれど、そうでもないみたいだった。深友の上半身が俺の身体に重なり、サラサラな髪が俺の素肌をくすぐった。
「へへ…頭がぼーっとする…」
「ああ。なんて言うか…凄かった…」
「今日のことはふたりだけの秘密だからね」
「そうだな。それから…最初で最後だ」
「…もう少し、このままでいさせ」
何がどう、とはあえて口にしないけれど、なんとなく分かった。きっと、次の年は2人で祭りには行けないだろう。今は早く着替えた方が、きっとお互い早く忘れられる…そんな気がした。
少し悲しげな深友の背中を撫でて、それでも最後まで「おまえが好きだ」とは言い出せなかった。
× × ×
「…誠人」
「ん?」
「今、変なこと思い出してただろ」
「なんの事かなぁ」
しらばっくれる様子の誠人に浴衣を着せられながら、今では筋肉質になった腹筋を背後から撫でられる。高校生の頃、初めて一緒に祭りへ行った日を思い出してるんだろうと思ったけれど、どうやら図星らしくて誤魔化すように笑っていた。
あの日僕は初めて自分の下半身がなんとか機能していることを知って、嬉しいやら切ないやらで感情がぐちゃぐちゃになった。急に泣き出した僕を慰めるように誠人はずっと抱き締めてくれて、浴衣を着つけた後も祭り会場に行くときも、花火を見ている間もずっと手を繋いでくれていた。
今思えば何であの時、勇気を出して好きだと言えなかったのだろう。燻り続けた初恋を忘れようと必死になったのに、結局忘れることなんてできやしなかった。
「あの時の深友のおっぱい、めちゃくちゃ柔らかかった…」
「今でも大して変わらないだろ」
「変わらないどころか…はぁ…やっぱり、今も昔もおまえがいい。それに、今はずっと一緒にいられるから」
いつもより甘えてくる誠人の手に自分の手を重ねて、鏡に映る自分の胸元を撫でる。誠人の手はやらしく蠢いて、僕の胸をひたすらに揉んでいた。
「…はぁ…おまえの雄っぱい、たまんねぇな」
「なんだそれ…。祭り、始まるだろ」
くすぐったさを堪え、顔だけ動かして誠人の首筋に食らいつく。
今日は最初で最後だとはいわせない。
最初のコメントを投稿しよう!