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「ミレイユはまだなの!? 支度が遅すぎるわ!!」  馬車の中でそう大声を荒げるジルダ。  彼女は夜会へ出発するのに、身支度に時間をかけている嫁のミレイユに苛立っていた。  黒い衣装を身に纏った執事のエンリコが、ジルダの顔色を窺うように苦笑いする。 「も、もうそろそろお見えになるかと存じます……ジルダ様」  するとそこへ、額に汗するミレイユが走ってきて石畳の段差に躓きながらも、ジルダの待つ馬車に到着した。 「はぁ、はぁ……お、遅くなって申し訳ごさいません、お義母様…… 」 「まったく。こんな鈍臭い女に、どうしてウィリアムが結婚なんて申し込んでしまったのかしらね。今更だけど」  冷酷な目をしたジルダが悪態を吐いて見下ろすと、ミレイユは気不味そうに顔を上げ、ドレスの裾を持ってゆっくり馬車へと乗り込んだ――。   フォレスター辺境伯令息だったウィリアムと結婚したミレイユは、男性なら誰もが振り向くほどに美しかった。  ロングストレートで絹のような艶のある白い髪。青空の如く澄んだ蒼い瞳に、天使を思わせるキメの細かい素肌。  そしてミレイユは、聖女の血筋を引くとされる名家に生まれた。聖女とは『触れるだけで対象の疲れを癒す』という不思議な力を持つ存在。  ところが、多くの親戚達が力に差こそあれど十代の内に才能を開花させる一方で、ミレイユは二十歳になっても未だその力に目覚めていなかった。  そんなミレイユに対してジルダは。 「何をやってるのよこのノロマ!」 「そんなことも出来ないの!? 礼儀作法を一から学んで来なさい!」 「何故そうなるのよ!? 頭おかしいんじゃない!?」  全てにおいて厳しい目で指摘してくるジルダから、ミレイユが怒鳴られない日はなかった。重箱の隅を突かれる理不尽なことも多い。 「申し訳ございません……」  目くじらを立てるジルダに頭を深く下げてばかりのミレイユだが、その辛さを夫のウィリアムには中々打ち明けられなかった。  というのも、ウィリアムは当主であるバルドと共に辺境地防衛任務が多忙過ぎるゆえ、ほとんど家にいないのだ。  たまに帰宅したとしても、疲弊しているウィリアムに気を遣って甘えられないのが現状。  だがそれを察しているウィリアムがたまに帰宅した夜になると、その鍛え上げられた身体で、必ずミレイユを優しく包み込むように抱いてくれた。 「ミレイユ……なんか疲れた顔してるな。大丈夫か?」 「え、そんな風に見えます!? 私はいつも平気ですよ!」 「無理するな。母上は躾に厳しいお方だ……何かあれば遠慮なく相談してくれ」  そう言われても、ジルダが狂うほど溺愛するウィリアムに「お義母様の当たりがキツいのです」などと相談できるものか。  ましてや子供をなかなか授かることが出来ないことを、ジルダから遠回しに嫌味たらしく指摘されているなんて、口が裂けても言えない――。
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