カリビアと渚の幻

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 翌日からオレと夕子さんは二人で過ごすようになった。二人で水遊びしたり、時にはオレだけ魔界に戻り、持ってきた麦わら帽子を夕子さんに被せたりした。  最初は遠征の暇潰し程度だと思っていたが、次第に当たり前のことになっていった。そしてオレの中では夕子さんは大切な人となっていった。部下たちもわかっているようで、その時は一定の範囲外にいることになっている。 「ここにも花があるんですね。これはハイビスカスでしょうか」  彼女は赤い花をそっと撫でる。 「もちろん。そうじゃないと妖精たちが生きられない」 「妖精……会ってみたいです。あ、ここの海水も塩分を含んでるんですね」  生け垣に海に。まったく、忙しい奴だ。 「人間界と繋がってる海らしいからな」 「ふふ、カリビアさんって物知りなんですね」 「そんなことはないさ」  ……と言っておきながら嬉しさでニヤけてしまっていた。まったく、恥ずかしいかぎりだ。 「さっきのハイビスカス、麦わら帽子に付けてみたんです。えへへ、似合いますか?」 「あぁ、とっても似合うよ」 「ありがとう」  にっこりと笑った夕子さんは焦げ茶の髪を揺らし、オレに抱きついた。オレはひんやりとした彼女の背中に手を回した。  ──あぁ、やっぱり。  オレはおそるおそる夕子さんを引き剥がした。夕子さんの姿を見てオレは目を見開いた。  彼女は泣いていたのだ。 「夕子さん……」 「……ごめんなさい。私、思い出したのです。どうしてここに来たのかを」 「どうして?」 「……私、本当は船の事故で死んでしまったのです。それでこの魔界と繋がる海に流されて……気づいたらそこの浜辺で倒れていたんです。私はなかなか死んだという事実を受け入れられなくて……それで……」  その後の言葉はどうしても紡ぐことができないようだった。 「オレに出会った、か」  彼女は悲しそうに首を縦に振った。 「誰だって信じられないものさ……」 「………………だから……この世界で初めて出会った“あなた”に、成仏させてほしいのです。私が幽霊にならず、動く死体となって今を過ごしているのは……もしかしてあなたに出会うためだったのかもしれませんから」 「オレには……できないって……知ってて言ってるんだろ。……夕子さんを……成仏させるなんて……」  オレは涙目になりながら絞り出すように口に出した。  そんなオレの頭を夕子さんのとても冷たい手で撫でた。氷のように冷たいその手はオレを現実へと手招いた。  夕子さんは死んでいて、彼女を成仏させなければならないという現実に。 「お願いします。カリビアさん」 「……わかった」 「ありがとうございます」 「こちらからも……楽しい一時をありがとう」  オレは彼女の顔を見ずに、成仏の呪文を唱えた。  魔王軍に伝わる秘法。通常は力業だが、最終手段としてこの呪文を唱えるのだ。この呪文は決して楽なものではない。魔力をたくさん使うものだ。特に魔力が少ないオレにとって、決死の行動だった。  足元に広がる青い光のつぶて。これは夕子さんの欠片なんだ。  今、彼女を見てしまうとオレの何かが壊れてしまう気がして。オレは二度と立ち直れない気がして。 「く……うぅ……!ぐす」  オレは消えてしまった夕子さんを見送ることはできなかった。しかし後悔はなかった。  ……彼女は麦わら帽子を遺してくれた。  オレは彼女の墓を立て、そこに麦わら帽子を置いた。ハイビスカスも飾った。 「……これは……」  オレは麦わら帽子についている青い布を取り外し、首に巻き付けた。  海の青、夕子さんの光の青、冷たさを表す青。 青という色がオレから夕子さんの記憶を繋ぎ合わせてくれると思ったから。  やっぱりオレは夕子さんのことを忘れることができなかったな。未練しかない、幽霊より愚かなのはオレだったのかもしれない。  ……ここにいてもどうにもならないので、オレは後ろを向き、そのまま城の方向へと戻ることにした。 「おーい!副隊長ー!」 「そろそろ時間みたいですよー!」 「………………フン」  向こうの方で部下たちが手を振っている。オレは軽く手を振り返した。  オレはもうあの浜辺には行かないだろう。でもオレは信じている。この青い布がオレたちを引き合わせてくれることを。幻のような思い出を、忘れないようにしてくれることを。 おしまい
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