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カリビアと渚の幻
これはオレがまだ魔王軍に所属していたときの話。
ある日、オレは一人で危険地帯である海辺に来ていた。海にはとんでもない魔物が棲んでいるという噂があるので、誰も近づかない。
だからこそ今日は三班の部下を連れてこなかった。部下を危険な目に遭わせたくなかったからだ。
……まぁ、あいつらの……特にシャレットなんかはハイテンションで水に入っていくだろうが、どうせグドーに引き戻されることになるだろう。そんなことになれば、オレの仕事が増えるだけだ。
「あっつ……」
オレは遠征のための服を着ている。上着を羽織っているのでとても暑いのだ。
昔はもう少し豪華な服装だったのだが、戦いが長引くにつれ物資が減り、今では服装も質素になっていった。まぁ『副隊長』だなんていう立場があまり好きじゃないオレからしたら、こっちの方がありがたいのだが。
──ザク……ザク……。
しばらく歩いていると、オレの目に倒れている女の人が映った。彼女は白いワンピースだけを着ていた。
「!!」
オレは仕事の一貫として彼女を保護することに決めた。このまま放っておくと魔物に食われてしまう可能性があるからだ。
「お、おいっ!大丈夫か?!」
オレは彼女に声をかけたが、彼女は返事をしない。仕方なくオレは彼女を背負い、オレが寝泊まりしている小屋へと向かった。
──────────
─────
「ん……うーん……」
「目を覚ましたか」
暖かい光を放つ太陽が地平線に沈む頃、倒れていた女の人が目を覚ました。
「あれ……私……」
「浜辺で倒れてたんですよ、あなた」
「そうだったんですか!?」
オレの言葉に、彼女は焦げ茶の長い髪を揺らして目を丸くした。
「そうだ。どこか痛いところはないか?」
「えぇ、大丈夫です」
「それはよかった。……帰れるか?というかどこから来た?」
「……日本から来ました」
彼女は手元をいじった。
「ニホン?人間界か?」
「人間界?ではここはどこなのです?」
「魔界だ」
「魔界?!」
女の人の目が大きく開かれた。そりゃそうだ。急に『人間界』やら『魔界』やら言われると誰だって驚く。
「どうして浜辺なんかに?」
「どうしてだなんてわかりません。私はいつから日本を離れたのかもわかりませんから」
「そうか……。なるほどな」
とにかくここにいるのがオレだけで助かった。もし部下たちを連れていたらこの女の人の命はまず無いと言っていいからだ。人間は死ぬと幽霊や妖怪になると言われている。絶対そうなのかはまだわからないが……おそらく、『そう』なのだろう。
魔界では幽霊は膨大な力を有しており、かなり手強い。そんな幽霊から悪魔たちを守るために結成されたのがオレたち『魔王直属兵』。通称『魔王軍』だ。
「しばらくここで体を休めておいてくれ。そうすればいつか記憶も戻るはずだ。えっと……」
「夕子です」
「夕子さん、か。……食べ物を探しに行ってくる。夕子さんはここで待っていてくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
にっこりと微笑み、お辞儀をしてきた夕子さん。どうやら日本はこういう人が多いらしい。
オレは壁に立て掛けていた槍を手に取り、少し涼しくなった海辺を赤いコートを着て歩き出した。
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