第一章 京美人

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 バスの中、寿は学校について説明したり、他愛もない会話をしたりしていたがかほるは見慣れない景色を目に映すので忙しく寿の声は置いてけぼりだった。  2人は大志館高校前のバス停に着き、一緒に下車した。寿はかほるに2年の下駄箱と職員室を教えると「じゃあ頑張って」と言い、踵を返そうとした。  「あれ?こっちやないん?」  かほるはようやっと感心を寿に向け、声をかけた。  「3年はこっちなんだ」  「3年⁉︎小野さん3年なん」  てっきり同級生だと思ってた、と驚くかほるに寿は笑った。  「やっぱり、バスの中で話聞いてなかった」  「あ」  「聞いてないなとは思ってたけど」  「……ごめん」  寿は近づき、少し屈んでかほるの顔を覗き込んだ。子どもにするような仕草にかほるは、ちょっとむっとした。  「悪いと思ってる?」  「そやから、ごめんって言っ」  「じゃあ今から寿って呼んで。小野って呼ばないで」  かほるの言葉を遮って寿はそう言った。好青年の爽やかな笑顔のままで。かほるは混乱する。  「はぁ?」  小野寿とかほるは出会ってまだ数日。かほるは寿を好青年だと思っていたが、こんなに押しが強いのかと呆気に取られる。  「小野さん3年なのに呼び捨てっておかしいやろ」  「そうかな。でも小野なんてたくさんいるし、別に不自然じゃないよ」  かほるは唇を噛む。寿はそれを許さない。  「だめだよ。唇噛んじゃ。簡単なことだよ。寿って呼んで」  寿はそっとかほるの顔に手を伸ばそうとするので、かほるは慌てて振り払って言った。  「わかった。わかったから。寿サン。これでええ?俺もかほるで良いから」  寿はぱあっと花が咲いたように笑った。さっきの笑顔とはまるで違う。邪気もない、有無を言わせない圧もない笑顔だった。かほるはぽかんと口を開く。  「いいの!ありがとう!」  寿は心底嬉しそうだ。  「じゃあ、また帰りに!」  そう言って寿は今度こそかほるを職員室へと送り出す。かほるが混乱しながらも、職員室に向かおうとすると寿が心底嬉しそうにかほるを呼んだ。  「かほるくん、頑張って!」  かほるは訳の分からないといった感じで曖昧に頷いた。  かほるの登場は田舎の高校生には鮮烈だった。色の白い、切れ長の目元が涼やかな京美人がやって来たと騒ぎになった。  「京美人だって」  帰りのバスでなぜか寿が嬉しそうに言う。  「京都から来たってだけやろ」  「そんなことないよ。かほるくんは綺麗だ」  「まじで言ってる?」  かほるは朝の時点で化けの皮が剥がされたように感じて、寿に行儀良くするのをやめた。  「うん」  寿の曇りなき眼にかほるは呆れる。あまりにも寿という青年がかほるにはわからない。得体が知れない。  新生活は始まったばかりだ。  「さを?元気?」  鹿子に帰り、夕食を済ませた後、かほるの携帯が鳴った。3つ下のかわいい妹、さをりからだった。  「元気じゃないわ。にいがいないんだもの」  さをりは、優しい兄が一年もいないなんて耐えられないとかほるの山村留学を全力で拒んでいた。自分も拒めば良かったとかほるは今更ながら悔やんでいる。  「にいは?新しい学校今日からやったんでしょ」  「まあ……」  かほるは学校でのこと、寿のことをさをりに話した。  「京美人っていうか、我が兄ながら、ジュン様みたいな美形やと思うけどなあ」  「ジュン様⁇さを、今度は何ハマってるん」  「KPOPアイドル」  「はぁ」  「でも、寿さんってわからへんね。良くしてくれてるんやろうけど。にい、大丈夫?」  かほるはさをりには見えないとわかっていても首を振った。即座に。でも妹に帰りたいとは言えなくて。  「さを、ゴールデンウィークか夏休み遊びにおいで」  「うん。夏休みはにいも帰って来はるやろ」  「そのつもり」  その後もさをりと随分と話し込んでからかほるは通話を切った。夏には帰る、でもまだここは桜も咲いていないのに、とかほるは頭を抱える。  「帰りたい。ほんまに都落ちや」
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