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「そのシールちょうだい」
声をかけられたことに驚き、すぐに返事ができなかった。取り出したペットボトルを手にしたまま固まってしまう。二年生になったばかりの教室はざわめきに溢れていた。
「その、ちっちゃいやつ」
隣の席の小日向くんは、いたって自然に、普通に僕に話しかけてきた。
「集めてるんだ、そのシール。飲み終わってからでいいから、ちょーだい」
ラベルに貼られた小さなシール。何がもらえるのか、キャンペーンの内容は知らない。飲み物自体なんとなく選んだだけ。それがまさか会話のきっかけになるなんて。
「えっと、じゃあ、飲み終わったら渡すね」
「やった。これであと一枚だ」
自己紹介はなかった。僕は彼のことを知っていたけど、彼は僕のことを知らなかったと思う。
小日向くんはサッカー部で、いつも人に囲まれていて、クラスどころか学年を超えて目立っていた。三年生の先輩に告白されたという噂も、彼なら本当だと思う。
「また同じクラスかよ」
「なんだよ、不満なのかよ」
気づけば彼の机のまわりには人が集まっていた。隣の席なのに、姿は見えず、声しか聞こえない。小日向くんにとっての僕は、ただのクラスメイト。欲しいシールが目の前にあったから話しかけただけ。それだけだ。会話に加える義理もない。わかっている。
だって僕たちはまだ友達じゃないのだから。けれど、もしかしたら、という期待が僕の胸を温める。上も下もない。損も得もない。誰とでも自然に話せる小日向くんなら、こんな僕でも友達になってくれるのではないか。
そわそわと落ち着かなくなった胸に向かって、ペットボトルを勢いよく傾けた。
いつもより丁寧に濯ぎ、空になったペットボトルを自分の部屋へと持ち帰る。ラベルだけ剥がすべきか迷ったけれど、いかにも「持ってきた」感があるのはよくない気がして、そのままにした。できるだけさりげなく渡したい。小日向くんがしてくれたように、自然に。できれば小日向くんから「あのシールさ」と話しかけてくれたらいい。僕から話しかけるのはマラソン大会で完走するくらいに難しいから。
ペットボトルを手に、ベッドへ寝転がる。これを渡したら、会話ができる。「ありがと」「どういたしまして」の短いものかもしれない。それでもいい。小日向くんが僕と話してくれることが嬉しい。透明な膜を通せば、天井のライトも柔らかく見えた。
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