春のシール、冬のアイス

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 スクールバッグの持ち手を強く握る。  小日向くんのまわりは今日も騒がしい。おはよう、と挨拶すらできない。それでもチャイムが鳴れば、みんな席に戻る。そのときに話しかければいい。  ゆっくり息を吐き出し、机の横にバッグをかける。いつでも取り出せるように、ファスナーを半分ほど開けておく。早くチャイム鳴らないかな。チラチラと横に視線を向けつつ、机の上に一時間目の準備をする。 「そういえば、シール集まったの?」  不意に飛び込んできた声。ドク、と心臓が跳ねる。小日向くんが集めていたことを知っているのは僕だけではない。僕に声をかけるくらいなのだから、他の人にも話しているだろう。  あと一枚。小日向くんは言っていた。僕の分を入れてあと一枚だと。僕のシールはカバンの中にある。大丈夫。あれからまだ三日しか経っていない。きっと、まだ……。 「もっちろーん。昨日出してきたとこ」 「マジか。結構早かったな」 「おかげさまで」  胸の奥がきゅっと縮む。冷えすぎた水を飲み込んだみたいに。そうか、もう集まったのか。小日向くんが声をかければすぐに集まる。当たり前だ。小日向くんは友達が多いのだから。  ――そのシールちょうだい。  約束でも何でもない。小日向くんにとっては誰でもよくて。僕からもらう必要なんてなくて。それなのに勝手に勘違いした。僕が渡さなきゃいけない、なんて。勝手に友達になれるかもなんて期待したのがいけない。恥ずかしい。恥ずかしくてたまらない。自分の心を覗かれないよう、ファスナーをきっちり閉めた。  そのあとも小日向くんはいたって普通だった。 「これどう解くの?」とか「辞書貸して」とか、クラスメイトとして当たり前に話しかけてくる。僕はそのたびに「この公式を使って」とか「いいよ」とか、当たり障りなく返している。シールについては何も聞かれなかったし、僕も忘れているフリをした。  言葉ひとつひとつを大切に受け止める必要なんてない。会話とか空気とか、教室にあるものを堰き止めないことだけ考えた。僕は、僕個人ではなく教室の風景の一部だと。小日向くんにとってはたくさんいるクラスメイトの一人でしかない、と。  ***
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