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◆
一方その頃。斜陽国。男は夜の城下町をパトロールしていた。天帝と呼ばれる存在が治めるその国で、彼は軍に属する者の一人だった。
短めの黒髪に漆黒の瞳。高い背にきっちりと着込んだ軍服。腰には己を守り敵を斬る武器である刀が差されている。その表情は険しく、眉間に皺が寄っていた。
その隣には黄褐色のウェーブがかった短髪を持つ、飄々という言葉が似合う眼鏡をかけた漆黒の瞳の男。こちらは軍服を多少首元を緩めるなど着崩してはいるが同じく帯刀しており、男と同じ軍に属する者だということがわかる。
「東雲一尉、今宵も平和ですね」
「……油断するな井川一曹。部下の前でもそんな姿を見せるつもりか」
「やだなあ、世間話じゃないですか。一尉は本当にお固いんだから」
東雲と呼ばれた男はその言葉に呆れたようにため息をついた。平和。それが一番良いのは東雲も知っている。だが、彼の目には片時も焼きついて離れない戦火の光景がある。井川の言葉は彼の神経を逆撫でするものでしかない。
「最近は世界情勢も良いですし。国内の治安も年々良くなっている。天帝陛下のおかげですね」
「……」
井川の声を無視して、東雲は歩く。いつもの順路。いつもの喧しい声。いつものその声に心動かされない自分。そんな日に終わりが来ることなどないとこの時は思っていた。そう、この時は。
歩く、石畳の街並みを。人通りもない、その道を。後方で何かが薄く光ったことには気づかずに。
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