綺麗な娘さん

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お父様が馬車を降りられて、私がお父様の手を借りて降りて、私に続いてシシリーが降りる。 ミネアはお父様に抱き上げられて、どこか中に入るのを躊躇って建物を見上げる。 私たちの荷物を御者が馬車からおろしていると、建物の中からわらわらと城内のメイドたちが出てきた。 「お待ちしておりました、バールミントン家の皆様」 「長い旅路、お疲れ様です。どうぞ中へ入られてお寛ぎくださいませ」 なんて言ってくれるから間違ってはいなさげだ。 こちらへこちらへと案内されて、お父様を先頭に建物に入ってみた。 ぴっかぴかに磨かれた立派な屋敷。 ソファーへと座って落ち着いて、暗くなる前にとメイドはベッドのある場所やトイレや水道、メイドの控えている部屋を教えてくれる。 「明日はジャスパー様とサフィア様の結婚式が昼前に行われますので、それまでに皆様の支度を整えさせていただきます。お式の後、昼食となり、その後、ジャスパー様とサフィア様に祝辞を贈るための宴が開かれる予定です。一日に詰め込む形となり、少し慌ただしく感じられますが…。皆様がサフィア様とお言葉をかわせるのは、この宴の時間となります」 私が考えるまでもなく予定もたてられている。 メイドが話している間に別のメイドが飲み物を持ってきてくれて至れり尽くせり。 お客様を招いたときの見本としてお勉強させてもらう。 うちの使用人はこんなに気が利くだろうか。 「明日にパーティーもあるので帰りは明後日となっても差し支えないのでしょうか?」 「それはもちろん。できるならサフィア様のご予定を合わせてご家族だけでお話してもらいたいくらいです」 私が聞いてみるとそこまで答えてくれて、それは王城でやることではないような?とどうしても思ってしまう。 「いえ。サフィアも忙しいはずですし、疲れから倒れてしまうのもよくないので明後日にはサフィアには会わずに帰ります。遅くの到着となってごめんなさい。ありがとう」 もう大丈夫と告げて、メイドには休んでもらう。 メイドはなにかありましたらお声がけくださいとさがっていった。 お茶菓子として置かれたお菓子をミリアに食べてもらって、私はお茶を飲んで息をつく。 「サフィアが遠い人になってしまったようです、お父様」 私は溜息をつくように漏らした。 「グラナード様が本当にサフィアをもらいに来られるとは思っていなかったのが正直なところで。連れていかれてもサフィアならすぐに戻ってくるようにも思っていたんだけどな。思ったよりレルネはサフィアにはいいところだったようだ」 お父様もお茶に口をつけられて、そんなことを仰る。 「うまくいってよかったですね」 シシリーは笑顔で言ってくれる。 よかった…のかどうか、ちょっとわからない。 サフィアの幸せを望むけれど、これが本当にサフィアの幸せなのか。 明日話してみないことにはなにもわからない。 話せる場所はそこだけ。 「サフィアが幸せそうにしてくれていたらそれでいいのだけど」 少し淋しい。 本当にサフィアが遠く感じる。 「レルネにいけば会えるから」 お父様は軽く私の腕に触れられる。 「レルネに移住するのはどうでしょう?復興のお手伝いをするとか」 「街はもうほとんど手をかけるところはない。それにおまえは嫁ぐからすぐに今の子爵領に帰ることになるぞ?」 お父様はなんの夢もないことを仰ってくださる。 私の夢を潰すのが得意な方だと思う。 なにかはわからないけれど、なにか八つ当たりをしてしまいたい。 あなたが婚約破棄してくれればいいのだと言いたい。 それはできないと何度も言われているようなもので。 これが私にとっての最後の家族旅行となりそうなもので。 なにも言葉はなくなる。 あわよくばこのサフィアの式で素敵な人に会えますように。 それだけを願ってしまう。 翌朝は起こされる前に日差しで目を覚ました。 起き上がって自分の居場所をそうだったと確認すると、軽いものに着替えて部屋を出る。 まだ誰も起きていないようで屋敷の中は静か。 起こさないように階下へ降りて、飲み物をもらう。 外からは鳥の囀り。 少しだけなら構わないだろうかと屋敷の外へ出てみた。 朝の光に満たされた景色を眺める。 王城内なんて二度とくることもないだろうから、目に焼きつけておきたい。 建物はいくつかある。 けれど距離があって声が漏れ聞こえるようなことはない。 鳥の囀りが聞こえたのはこの屋敷の裏が林のようになっていたからのようだ。 鳥の巣でもあるのだろう。 誰もいないからのんびりと景色を楽しんで見ていた。 馬車道となっていそうな道を人が歩いているのが見えて、屋敷に入るか挨拶をするか迷う。 王城内にいるから危ない人というのはないだろう。 近づくにつれて男だというのはわかる。 ラフな服装で朝の散歩だろうか。 あちらも私に気がついたかのように、こっちへと寄ってきた。 兵士かも知れない。 あやしい動きはしてしまわないように、スカートの裾を少しあげて膝を折って会釈。 「おはようございます」 なんて挨拶をしてみた。 「綺麗なお嬢さんだったか。朝の妖精にでも会ったのかと思った」 そんなことを言われて口がうまい人だなぁと思う。 イケメンな顎髭のおじ様。 「こちらに泊まらせていただいております。身嗜みを整えてもいないのでもう戻りますね」 髪に寝癖でもついていないかと気になって、あまりジロジロ見られないうちに屋敷の中に戻る。
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