これは徒らな神の悪戯味

1/1
前へ
/25ページ
次へ

これは徒らな神の悪戯味

 清々しい空気を浴びるため近くの公園へジョギングすることが私の日課だった。着慣らしたお気に入りのジャージ、最近購入したお高めのスニーカーを履いて準備を終えると、意気揚々と家を後にする。  腕を横に伸ばしたり太股を高く上げながら歩き、道すがら準備運動もしっかり済ませていく。一年前くらいからジョギングを始めて運動不足を解消できてから、すこぶる身体の調子が良くなってきている。風邪だって全然ひかないし、転んだって変な打撲に繋がることもなくなった。 「ん?」  道路の真ん中で、なにやら身体を小刻みに揺らしているスーツ姿の男性がいることに気が付いた。こんな朝早くから、あんなところで何をやっているのだろう。と、男性が急に上半身だけをねじって不自然にこちらを振り返る。男性は私に向かって大きく手招きをした。なんだか怒っているような、そんな表情で何度も何。知っている人かと思い顔を確認してみたが知らない人だった。私は怖くなり、男性から遠ざかるように回り道をして公園へ向かった。  小一時間ほど汗を流しての帰り道。珍しく人だかりができていることに気が付いた。人だかりができているのは朝変質者が居た場所のようだ。ご近所の知り合いさんも集まっているようで、ざわざわと何かを話し合っている。近付いていくと黄色いテープで道路が封鎖されており警察官が何人か居るのも見えた。 「何があったんですか?」 「男の人が車に轢かれたらしいわよ」    話を聞いてみると、どうやら最近は近辺でこういった事故が多発しているようだ。たった一週間で今回の事故を含めて八件も発生しているらしい。事故発生時の状況や被害者に共通点はなく、警察も原因は突き止められてないとのこと。 「あなたも気をつけなさいね」 「そうですね」  汗が冷えて不安を募らせる形になったところで丁度話が終わったので、汗も不安も早く洗い流そうと家路を急ぐことにした。  それから一週間後。  事故のことを忘れかけた頃、私はいつものように公園へ向かっていた。ふと、道路の真ん中に落書きのようなものを見つけた。マンホールくらいの大きさの白い円の中に足跡が二つ描かれていて、爪先側には『Wait here』という文字が。こんな落書き、昨日はなかったはずだけど。  ちょっとした子供心が顔をだし、足跡の上に自分の足を重ね、書いてある通りに少しだけ待ってみた。しかし、特に何か起きる様子はない。 「(なにやってるんだろ、わた……え!?)」  我に返って足を動かそうとしたのだが、まるで地面にぴったりとくっついてしまっているかのように剥がすことができない。身体を左右に揺らしながら、思い切り体重をかけてもびくともしなかった。 「(なんで……声も出せないの……!?)」  足が動かせないだけでなく声も出せなくなっていて、もう訳がわからない。抜け出すことも助けを呼ぶことも出来ないまま、じたばた足掻き続けた。  不意に背後で人の気配を感じた。足が動かないので上半身だけをねじって背後を振り向くと、中学生くらいの女の子と目が合う。良かった。これで助けを呼んでもらえる。そう思って声をかけようとしたところで声が出せないことを思いだし、必死になって手招きをしてみた。しかし、女の子は私を怪訝そうな顔で見つめ、ややあって逃げ出すように走り出した。待って。行かないで。助けて。そう心で必死に叫んでみたが、女の子が足を止めることはなかった。  背中が見えなくなってしまい呆然と立ち尽くしていると、遠くから微かにエンジン音が聞こえてくる。だんだんと大きくなっていくその音を、ただじっと聞いていることしかできない。怖くて涙が止まらない。時間の流れがとてもゆっくりに感じる。  女の子が走り去った方角から、私に向かって明るい光が差し込んでくる。気付いてくれてはいないのか、ぐんぐんと速度を上げて近付いてくる。だけど、私はそれをただじっと眺めていることしかできなかった。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加