これはぐっどらっくゆあねくすとじゃあにい味

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これはぐっどらっくゆあねくすとじゃあにい味

 夜、我が家では電気を消して真っ暗な中で、台所にいる妻と娘が楽しそうに会話していた。何をしているのかは聞かなくてもわかるので、俺は黙って椅子に座っていた。少し経って、妻が既に蝋燭に火が点けられた誕生日ケーキを運んできてくれた。  そう、今日は俺の誕生日というわけである。  蝋燭のぼんやりとした灯りに照らされた妻と娘は、普段よりは笑顔だ。二人は息を合わせて、せーので歌いだす。 「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデーディアパーパー、ハッピーバースデートゥーユー♪」  誕生日おめでとう、そう二人から祝福され、仄暗い室内には拍手が響き渡る。普段は誕生日なんてどうでも良いと思ってる俺だったが、いざ当日になって二人から祝福されると、まんざらでもなく思えるから不思議なものだ。 「じゃあ、火消して」  妻の言葉を合図に俺は大きく息を吸い込んだ。  しかし、俺が息を吹く前に蝋燭の火が消えてしまい、部屋は真っ暗になる。その闇と静寂を裂くように、明るいケラケラとした笑い声が聞こえてきた。どうやら、犯人は娘であるようだ。妻もそれにつられて笑いながら、部屋の電気を点けた。 「さて、じゃあ切るわよ~」  妻は小皿と包丁を用意して、娘はケーキに刺さっている蝋燭をどんどん引っこ抜いていく。毎年山のように積まれる蝋燭を見るのは慣れっこだが、なんとなく笑いが込み上げてきた。  俺の家系では、祖父母の代から誕生日ケーキには歳の数だけ蝋燭を刺すのがルールだ。  娘の蝋燭が増えていく度に娘の成長を実感できて、妻の蝋燭が増えていく度に妻が溜め息をこぼし、それを見た俺が妻を慰めるのが毎年恒例だった。  三ヶ月後の誕生日を迎えれば娘は7歳、その一ヶ月後の誕生日を迎えれば妻は34歳、俺の分を合わせて今年は71本の蝋燭を使うことになる。十五年後には、今使っている百本入りの業務用蝋燭では数が足りなくなるな。 「はい!パパにあたしの分の苺あげるね!」  そういって、娘は自分のケーキの苺を素手で摘まむと、俺のケーキの上に置いてくれた。いつもは奪っていくばかりの娘も、誕生日だけは優しくしてくれる。 「とか言って、後でパパの分の苺も食べちゃうんでしょう?」 「えへへ♪」 「うふふ、この子ったら」  前言撤回。どうやら今年も小さな怪獣に奪われてしまうようだ。まったく、娘のいたずら好きは誰に似たのか。  ふと、小さな頃親父の誕生日に、蝋燭が一本足りなくなるように隠して、お袋にこっぴどく叱られたことを思い出した。  ああそっか、この子は俺に似たのか。それがとてもおもしろくて、こらえきれずに笑ってしまった。  遠く懐かしい思い出に浸っていると、次の娘の誕生日に蝋燭が足りなくなるように隠してみようかという、幼い悪戯心が顔をだす。 「ねえ、ママとパパはどこであったの?」  口の周りにケーキをつけたまま、妻にそんなことを聞く。  妻とは小学生の頃からの腐れ縁のようなもので、顔を合わせる度に悪口を言い合う仲だった。だから、昔の俺からすれば妻と一緒になるなんて考えもしなかっただろう。でもいつ頃からだっただろうか。妻がいつも隣にいることを当たり前だと思うようになったのは。 「……それでね、パパはママが泣き止むまでずっと傍にいてくれたの。それでママはああ、やっぱりこの人なんだ、って思ったのよ」  少しだけ気恥ずかしそうに、妻は娘の頭を撫でながら話をしている。しかし、物思いに耽っていたせいか、妻の話を全部は聞き取れなかった。妻からそんな話を聞いたことはなかったので、勿体ないことをしてしまった。 「ママはパパのこと好き?」 「うん、大好きよ」  妻は娘の頬についているケーキを拭き取ると、優しく口吻して微笑んだ。  これが俺の宝物だ。だからずっと二人を、そして未来の家族まで見守っていこう。俺が俺でいられる限り。
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