これはポッとなってイヤン味

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これはポッとなってイヤン味

 春から大学に通うため、近くのマンションに引っ越した。家賃は親のコネで割引、オートロックで防犯対策もばっちりで、デザイナーズマンションのため見た目も綺麗。  父親と弟に手伝ってもらって運んだ沢山の荷物を、手当たり次第に開封していく。本は本棚へ、洋服はクローゼットへ、それぞれ取り出したものをせっせと片付ける。適度に休憩やアルバム観賞の時間を挟みつつ、およそ六時間ほどで部屋の片付けが終わった。  少しだけ埃っぽくなった部屋の空気を入れ替えようと、ベランダを開放して風を呼び込む。ついでに外の景色を楽しもうと、用意しておいたサンダルを履いてベランダへ出た。 「う~ん!」  外の空気を思い切り吸い込んで、辺りの景色を眺めてみる。すぐ近くに公園、図書館、コンビニ、スーパー、そして駅と文句なしの立地。オートロックで部屋は四階と女の独り暮らしにはこれ以上ないくらい。 「ん?」  ふと、向かいのマンションのベランダに置かれたある物が目にとまった。洗濯物のカーテンの合間から、誰かの横顔。しかし、全く動く気配のないそれをよくよく見てみると人型の置物、しかもなぜかピエロだった。 「気持ちわる…」  どうしてベランダなんかに置いているのかは分からないけど、一種の防犯対策みたいなものだろうか。たしかにあんな物を置いている家には近寄りたくないというのが本音だ。なんとなく背筋がひやっとしたところで、そそくさと部屋の中に戻った。  翌日、洗濯物を干すためにベランダへ出る。そこでピエロの置物のことを思い出して、ちらりと向かいのベランダへ目を遣ると案の定ピエロの置物はまだ置いてあり、洗濯物越しに目が合う。白塗に真っ赤な化粧が施されたその表情は、目元の涙マークとは対照的に不気味な笑みを浮かべている。 「—え?」  ふと、昨日見えたのはピエロの横顔だったことを思い出して、背筋に冷たいものがつたう。きっと住人が動かしたのだろうけど、それならなぜ昨日と同じ洗濯物が干されたままなのか。気持ちが悪くなって、洗濯物を置いたまま慌てて部屋に戻りカーテンを閉めた。それでも、向こうからずっと粘着質な視線を感じる。  寝室に飛び込んで携帯電話を掴むと、近くに住んでいる親友に連絡をする。こんな気持ちのときには底抜けに明るい和美がいてくれたらとても心強い。 『こなたぁ~?どした~?』  電話口から流れる聞きなれた声、それだけで心が少しだけ落ち着く。 「あ、あのさ…今から家に来てくれない?」 『お~、ちょ~どサプライズでこなたん家に向かってたところだよ~。引っ越し祝いのケーキ持ってさ~』  流石大親友。まさかこのタイミングで既に向かってくれているなんて。 『もうマンションの裏手にいるから、あと40秒で入口につくよ~。部屋は403号室だったよね?』 「そうだけど…あ、待って和美!」  向かいのベランダに置いてあるピエロの置物のことを説明し、大家さんにクレームというか、お願いをしにいきたいことを伝える。だから、こちらから和美に合流する方が良い。 「ちょっとだけ待って—」 『ピエロねぇ…ん~、そんなのいる?』 「向かいのマンション!ベランダに気持ちわるいピエロの置物があるでしょ?」 『え~、見当たらないけどなぁ~。あ—』  突然、言葉を止める和美。ようやくピエロの置物を見つけたのだろう。 「ね、いたでしょ!?」 『い~ちに~さ~んし~、い~ちに~さ~ん』  和美は返事をするではなく、なにやらぶつぶつと数を数えはじめた。 「ねぇ、ピエロいたでしょ!?」 『う、うん…ピエロいた』  やはり和美もピエロの置物は気持ちがわるいのか、ちょっとだけ元気がない。まさか、さっき数を数えていたのは、もしかしてピエロの置物が増えて— 『こなたの部屋は403号室で間違いないよね?』 「うん」  電話口の向こうで、和美が固唾を飲む音が聞こえた。そして、衝撃の言葉が放たれる。 『こなたんところのベランダにいるよ』
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