これは健康に悪いぶら下がり運動味

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これは健康に悪いぶら下がり運動味

 桜の花が見頃になり、ようやく長い休みがもらえることになった。  その休みを機に久し振りに実家へと帰省したとき、旧友の訃報を突然告げられた。亡くなったのは僕が高校生の頃に付き合っていた女の子だ。僕が夢を追って上京するため、彼女とは一時的に別れてもらっていた。 「でもなんだってこんな今更なんだよ…」  訃報にも驚いたが、なにより驚いたのは彼女が亡くなったのは十二年も前のことだそうだ。つまり僕が上京して三年目の話になる。しかも、桜の木で首を吊っての自殺ということだった。現場や自宅に遺書はなく、なぜ彼女が自殺したのかは誰もわからないままだという。 「あなたに何度も連絡したのよ?でもあなたは連絡のひとつもよこさなかったでしょ?」  その当時、確かに僕は仕事に忙殺される日々を送っていて、仕事以外では電話にでることさえほとんどしなかった。だから悪いのは全部僕で、母を責めるつもりはない。ただ、青春時代に手を繋ぎあった大事な人の日の死に目に、せめて葬儀だけでも参加したかったのだ。 「ちょっと出かけてくるよ。晩御飯までには戻る」  足を運んだのは、もちろん彼女が首を吊ったという桜の木だ。ここには彼女と過ごした沢山の楽しい思い出がある。昔となにも変わらずに悠然とそびえる桜の幹に背中を預けるようにして座りこんだ。空は蒼く花が散る美しい景色が広がっているのに、この場所には僕しかいない。まるで、この世界には僕だけしかいないみたいだった。 「どうして自殺なんか…」  悲しいのに、遠い思い出のように涙があふれることはない。僕はこんなにも薄情な人間だっただろうか。いろいろと考えているうちに、強い睡魔が急に襲ってくる。休みはまだ始まったばかりで特に用事などないのだから、ここで少しだけ眠ろうか。  —約束、だよ—  夢の中で、懐かしい声がきこえた。  はっと目を覚ますと、忘れていた遠い約束が鮮やかによみがえった。 「そういえば…」  上京と別れを告げた次の日、桜の木の根本に二人で、それぞれの想いをしたためた手紙を埋めたのだった。  なにかに弾かれたように、朧気な記憶を頼りに素手で桜木の根本の地面を掘り返していく。 「あった……」  地中から見覚えのある小さな箱を堀り当てた。高鳴る鼓動をおさえながら、そっと蓋を開けると、中には三枚の紙切れが入っていた。そのうちの最初の古びた一枚を開く。 ———— あゆみへ わがままを言ってごめん。 僕にはどうしても諦められない夢があります。 だから、少しの間だけお別れです。 でも、三年後に必ず迎えにきます。 そのとき、あゆみに僕の想いを伝えます。 ————  手紙を読んで、さらに遠い思い出が鮮やかによみがえってくる。胸に焦燥にも似たちりちりとした熱さを感じながら、二枚目の古びた手紙を開く。 ———— ゆうくんへ 大丈夫だよ。 私はいつもゆうくんの夢を応援しています。 だから、ずっとここで待っています。 ちゃんと迎えにきてね。 こなくても私が迎えにいきます。 ————  いつの間にか、僕の目には涙があふれていた。拭っても拭っても、止めどないほどの悲しみが頬を伝っていく。僕は、なんども涙を拭いながら、最後の新しい手紙を開く。 ———— ゆうくんへ 今日が約束の日です。 でも、もうすぐ今日が終わってしまいます。 私のことを忘れてしまったんですか? 今日が終わってしまいました。 ゆうくんは約束を破りました。 だから私が必ず迎えにいきます。 今も私はゆうくんと結ばれたいのです。 だから一緒にいきましょう。 ————  ——ギシリ。  頭上を見上げると、さっきまではなかったはずの二本のロープが枝に結ばれている。片方はなにかを待っているようにじっと動かず、もう片方はなにも吊っていないのに軋みをあげながら左右に揺れていた。 「迎えにきたよ」
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