これは封印された写ルンです味

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これは封印された写ルンです味

 大学の写真サークルに所属している私は、当前だけど写真が好きだった。日常の中にある見逃しがちな一瞬の煌きをフィルムに収め、自分が歩んできた思い出の一頁を飾る。カメラとフィルム、そして様々な被写体たちが織り成す、その時だけしか切り取ることのできない物語は忘れかけていた時間を鮮明に思い出させてくれるものだから。  ある日、私が実家で亡き父の部屋を掃除していた時、押入れの奥に厳重な封が施された箱を見つけた。箱の中には古めかしい大きなカメラが入っており、それは図らずとも私の好奇心に火を点ける。一緒に入っていたフィルムを取りだして装着させ、喜々としてレンズを覗き込む。被写体を探しながら廊下へと出て、試しに玄関に飾られてある綺麗な花に狙いを定めてシャッターを切った。ややあって、ジーという音と共に一枚の写真が吐き出される。鼻歌交じりに写真を手に取った時、大きな違和感を覚えた。  写っていた花が枯れていたからだ。  しかし、被写体である花は瑞々しい姿のままであり、勿論、枯れてなどいなかった。写真と実物を見比べてみるが、違うのは花だけで他に変わったところは見当たらない。これだけ古いカメラなのだから、もしかしたらどこかが少しだけ壊れているのかもしれないと、その時は気に止めなかった。  一週間後、私は写真サークルの友達である結女(ゆめ)亜香里(あかり)の三人で鹿児島へ旅行に向かう事となった。  仲の良い私たちは道中もわいわいと騒ぎながら、飛行機の中でパンフレットを読み漁る。不意に二人の楽しそうな顔を見ていると無性に写真が撮りたくなって、鞄から父の部屋で見つけたカメラを取りだす。すると、二人は物珍しそうな視線をカメラに貼りつけ、羨ましそうにきゃっきゃと騒ぎ始めた。それをなだめながら三人で並び、自らに向けてシャッターを切った。そして、カメラから吐き出された写真の写り具合を確かめる。しかし、写真を見た私たちの表情からは、一瞬にして楽しかった雰囲気が消えてしまった。  写真には亜香里と、見知らぬお婆さんが二人写っており、皆一様に目を瞑っていたのだ。  気味が悪くなり故障していると言い訳をして、カメラと写真を鞄へ仕舞った。  鹿児島の蒼い海を思う存分満喫し、とうとう最終日を迎えた。旅館の美味しい料理に舌鼓を打った後、広い温泉に浸かり、部屋に戻って三人でお酒を飲んでいた。どうでも良い会話からサークルの話、気になる人の話題で盛り上がり、いつの間にか時刻は深夜の二時を過ぎてしまっていた。帰りは朝七時の飛行機に乗らなければならないため、明日に備えてもう眠ることにした。 「ほらほら、もう寝るよ」  亜香里がトイレに行くと言いだしたので、電気を消さずに布団へ入って先に休む。お酒が入っているお陰ですんなりと私の意識は深い眠りへと落ちていった。  少しだけ寝苦しさを覚え、私は目を覚ました。  時計を見てみると時刻は深夜の三時過ぎで、眠りについてからまだ一時間しか経っていなかった。もう一眠りしようと布団をかぶり直したとき、ふと一抹の疑問が脳裏に浮かぶ。 「電気が…点いてる?」  起き上がって部屋を見回すと、トイレに行った亜香里が居ないことに気がついた。幾らなんでもトイレに一時間はかからないだろうから、大方酔ったままトイレで寝てたりしているのかもしれない。 「はあ…誰かに迷惑をかける前に拾ってこないとね」  私は大きく溜息を点いて、立ち上がる。部屋を出て廊下を進み、一階にあるトイレへと向かっていると、階段の下で眠りこけている亜香里を見つけた。そんな無防備な寝方していたら危険だと教えるために亜香里を抱き起こした時、私の背筋に覚えのある寒気を感じてしまう。  この寝顔を私は知っている。そうだ。あの写真に写っていた表情と同じだ。  私は何度も亜香里の名前を叫んだ。けれど、亜香里が目を覚ますことは無かった。
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